「だから言ったろーが。いつものことだって」
「いやでもオレマジでビビったんですってば!」
わたしの自室で一つのテーブルを囲むのは、東京卍會壱番隊のトップの二人だ。
隊長の場地圭介。マイキーと知り合ったのが先か、圭ちゃんと知り合ったのが先か、もう思い出せないくらい小さな頃からの腐れ縁だ。もともとマイキーたちと同じ中学校に通っていたけれど、入学早々問題を起こして一度転校。さらに同年の夏に事件を起こしたあと、わたしの通う中学校に転校してきたが登校せず、素行不良と出席日数の不足で原級留置となった。つまり留年。
その彼と同学年の副隊長、松野千冬くん。
それなりにケンカが強くて、それ以上に負けん気の強い圭ちゃんの腹心だ。隊長たちのなかでもかなりクセの強いほうである圭ちゃんを辛抱強くサポートしてくれている。
「マイキーくんが空き缶を潰したときはどうなることかと‥‥‥」
「何べんその話すんだテメエは」
わたしがマイキー派の集まるアジトに乗り込んだとき、千冬くんは圭ちゃんから指示を受けて一緒についてきてくれていたのだ。
「いやー、でもその翌日には仲直りしてたんだよ。マイキーとドラケンくんが揃ってうちに遊びに来たからバドミントンしたもん」
「アレ? そうなんスか」
「で、武蔵祭り当日はマイキーにドタキャンかまされたあきが勝手に拗ねただけだろ」
「はいはい。わたしがガキでございました」
こんなメンバーで集まって何をしているのかというと、宿題だ。
夏休みの宿題。
八月も中旬を過ぎ、夏休みもすでに終わりが見えてきたこの時期に、圭ちゃんはいっこも手をつけずに放置していたらしい。
ワークは終わってるとか、作文だけは終わったとかでもなく、全部放置。
五教科のワークも美術のポスターも作文も生活ノートも、ぜーんぶまっさらな状態で放置。バカなの。マイキーとドラケンくんでさえ(わたしにやかましく言われて)多少は手をつけているというのに。
東卍創設当初、“あき、アイツらみんなバカばっかだからオマエがしっかりしないとダメだぞ”ってわたしの両肩を掴んだ真一郎くんの、死ぬほど真面目な顔が脳裡に蘇った。
バカばっかなのは解ってるけど、わたし一人に何ができるっていうの、真一郎くん!
もおおお助けて真一郎くん!!
あっでも真一郎くんが勉強してるとこも見たことなかったな!!
第一章
星の剥片の墓標、02
「時期が悪かったよね。参番隊の子がコソコソ変なことして、パーちんもマイキーも不機嫌だったとき続けざまに愛美愛主ともめちゃって」
「あー、喧嘩賭博でしたっけ。くだらねーこと考えるやつもいたもんだ。だから不良ダセェとか言われるんですよ!」
ぷんすこしながら数学のワークを解く千冬くん。年下だからっていうのもあるかもしれないけど、可愛い。
出会ったばっかりのときは「場地さん! なんスかこの地味女!」って言われたものだが、最近じゃ校内で「あきちゃんあきちゃん」なんて駆け寄ってくる。わたしの友達からはワンコ認定されているのだが、幸いにして本人はそれを知らない。
「千冬ぅ」
「ハイ!」
「氷入れてこい」
「ハイ!!」
わたしの家なんだからわたしに言えばいいのに、圭ちゃんは当然のようにグラスを千冬くんへ押しつけた。
ワンコ──否千冬くんは文句も言わずに(言うわけがないけど)、元気よく部屋を出ていく。
ぱたんと存外丁寧に扉が閉められて、足音が階段を下りていくのを確認すると、圭ちゃんは低く呻いた。
「‥‥‥“カズトラ”の出所の時期も見えはじめてたからなお悪かったな」
理科の自主学習ノートをまとめていた手が、止まる。
「──そうだね」
「オマエの前じゃあんま出さねぇか」
「うん、わたしの前でその話は絶対しない。‥‥‥もうすぐだね」
目にかかる前髪を掻き上げて、彼は重い溜め息をつく。
来月に控えた“カズトラくん”の出所に関しては、圭ちゃんにも色々と複雑な思いがあるはずだった。
「マイキーのそばから離れんなよ」
「うん。‥‥‥て言っても、何ができるわけでもないんだけど。本当に、一緒にいるだけだし」
ドラケンくんみたいにマイキーの心として在ることなんてできない。
妹のエマちゃんみたいに、家にいる間のただの“佐野万次郎”を受け止める存在でもいられない。圭ちゃんみたいにカズトラくんの話ができるわけでもない。三ツ谷くんみたいに、一緒にバイクで走ってあげることもできない。
わたしにできるのは、なんにも変わらないまま、マイキーの腐れ縁でいることだけ。
それだけだ。
分かっていたことだけどちょっとだけ悔しい。わたしばかり、マイキーに何もしてあげられない。
すると、圭ちゃんは手の甲でわたしの額を叩いた。
「いーんだよ。平和な顔してろ。オマエはずっと」
「ねえ‥‥‥ずっと思ってるんだけど平和な顔ってどんな顔?」
「あ? オマエ鏡見たことねぇのかよ」
「‥‥‥‥」
ぎゅーっと眉間に皺を寄せて不満を訴えると、彼はぶはっと盛大に噴き出して床に転がる。
ちょうどそのタイミングで千冬くんが帰ってきて、「お待たせしましたー!」と勢いよくドアを開けた。
「なに笑い転げてんスか場地さん」
「わたしの顔見て大笑いしてる」
「さすがあきちゃんスね。場地さんがこんなバカ笑いするの、あきちゃんの前くらいですよ」
「最近ちょっと壱番隊の隊長としてカッコつけすぎだもんね」
「アァ!? テメ今なんつったあき」
「痛いもうっ蹴らないでよ!」
笑い転げる圭ちゃんから飛んできた足の裏が膝に当たる。仮にも東卍幹部の蹴りだけど、子どものじゃれ合いみたいなものだから大した威力ではない。
人の顔を見て笑っている失礼な男のお腹をグーパンすると、「効くかよ、ンなへなちょこパンチ」と嘲笑われた。くそう、ここにもケンカで鍛えた筋肉ダルマがいた‥‥‥。
終わらない圭ちゃんと千冬くんの宿題を見張っているうちにすっかり陽は傾き、二人は家に帰ることになった。
お見送りに玄関まで下りると、キッチンで晩ご飯の準備をしていたお母さんに「あき」と呼ばれた。
「なーに?」
「氷、なくなっちゃったみたい。おつかい行ってきてくれる?」
三人揃って氷ガンガン使ったらそうなるか。
「ゲ! すんません」と圭ちゃんが声をかけてきたのが聞こえたようだ。お母さんは「圭介くん宿題進んだの?」と笑ったが、わたしは真顔で首を振る。いや今朝の時点でまっさらだったのに終わるはずないじゃないの。
財布を受け取り、玄関まで戻ってサンダルを履いた。
「チャリ出すから圭ちゃん漕いでよ」
「‥‥‥‥チッ」
八・三抗争と呼ばれる愛美愛主との抗争は東卍の勝利に終わったわけだが、どうも残党の動きが怪しそうだという理由で、わたしはまだあまり一人歩きしないように幹部から注意されている。
必然的にお出かけの送り迎えは、自宅の近いマイキーか圭ちゃん、というのがお決まりだった。
舌打ちしつつも文句を言わずにアシに使われる圭ちゃんを見て、千冬くんはハハッと幼い笑みを浮かべた。
「場地さんアシにできんのも、あきちゃんとマイキーくんくらいっすよねー」
「腐れ縁の特権だね、圭ちゃん」
「いらねー。マジで」
駐車場の奥に停めてある自転車を押してくると、圭ちゃんが荷物を前カゴに突っ込んで雑に跨る。わたしはその荷台に腰を下ろした。
目的のスーパーは、二人の自宅がある団地とは反対方向にあるので、千冬くんとはうちの前で別れた。
圭ちゃんのおおきな背中に体を預けて、生ぬるい風を頬に受ける。
昔はマイキーと同じくらいちびっこだったくせに、圭ちゃんの身長はいつの間にかわたしを軽々追い抜いていた。
ドラケンくんは元々大きいほうだったけど、男の子って本当に一瞬で成長してしまう。まだ目線が近いマイキーのことも、いつかはめいっぱい見上げるようになるのかな。
みんな、どんな大人になるんだろう。
ドキドキするけど楽しみだなぁ。
「ねー、圭ちゃん」
「あ?」
「今年あんまり遊べなかったねぇ。来年は海とか花火大会とか、みんなで一緒に行きたいね」
「抗争のあとで動けなかったからな」
「ドラケンくんも入院してたし、わたしはおばあちゃん家に行ってたし」
「どこ行くにしたってオマエだけチャリ集合だけどな」
「もー! みんなばっかりバイクずるい!」
「叩くんじゃねぇよ暑苦しい」