今日はエマちゃんのお誕生日。
 最近は圭ちゃんのことがあって気持ちが落ち込んでいたけど、大好きなエマちゃんのお誕生日を祝わないなんて選択肢はない。
 佐野兄妹は午後からデートだそうなので、タイミングがよければどこかで会えるかもしれないなと、午前のうちにお出かけしてプレゼントを買うことにした。

「今頃ドラケンくんは、タケミっちと一緒にカズトラくんの面会‥‥‥」

 胸元についたリボンを結びながら鏡を覗き込む。
 化粧っけのない地味顔。
 “マイキーの女”目当てに絡んでくる不良たちにはよく「ダセェ」とか「イモくせぇ」とか言われちゃうんだけど。

「マイキーは圭ちゃんのお墓参りと、エマちゃんとデート」

 でも、前にエマちゃんやそのお友達に「ギャルメイクしよー」と遊ばれたとき、マイキーとドラケンくんと圭ちゃんが揃って「似合ってねぇ!!」なんて即答したから二度としないって決めたんだよね。
 パーちんはまじまじ見つめたあと「誰‥‥‥?」とか言うし。三ツ谷くんなんて「あきちゃんミニスカやめて」「オレがあきちゃんに似合う服を作るから」とか謎のスイッチ入っちゃって──別に服がないからミニスカ履いてたわけじゃないんですけど!?


第二章
幾千億の夜の灯、03




 まずは原宿。ギャル御用達のお店で、プレゼントのタオルハンカチを購入した。
 ちょっと時間が余ったので明治神宮に寄ってお散歩したあと、渋谷に戻ってマックでお昼ご飯を食べる。マイキーとエマちゃんの活動範囲的に、この辺りでデートしているはずなんだけど、どこに行けば会えるかな。

 一応マイキーに《いまどこにいる? エマちゃんにプレゼント渡したい》とメールしてみた。
 まあ、会えなかったらあとで直接家に行けばいいか。

 通りに面した窓からは、渋谷の街を行き交う人々が見えている。
 土日にもお仕事らしいサラリーマン。オシャレして遊んでいる中高生。子どもの手を引く家族連れ。ショップバッグを持ったお姉さん。なんとなく親しみを覚えちゃう不良たち。‥‥‥あ、あの子、集会で見たことあるな、肆番隊の子だったっけな。
 それから、手をつなぐカップルも。

 寄り添い歩く男女の二人組を見て、マイキーが頭に浮かぶあたり、わたしも大概おめでたい。

「‥‥‥マイキー、なに考えてるのかなぁ」

 わたしが“マイキーの女”ということになったのは中学一年の晩秋の頃だ。
 それまでは普通の腐れ縁だった。マイキーと圭ちゃんのツレ。六人の友だち。東卍じゃないけどみんなの仲間。ケンカしないけど、東卍の“法”で“こころ”。そういう立ち位置だったのだ。


 それがある日、高校生のグループに拉致された。

 中学に上がって持たされた携帯電話を奪われ、マイキーが呼び出された。「大事な幼なじみの成瀬あきちゃんは預かりました」とか「返してほしかったら一人で来い」とかそんな感じだ。
 マイキーは本当に一人で来てしまった。
 廃工場に待ち構えていた高校生たちを、いつもの一蹴りで地に沈める(のちに知ったが半分以上が病院送りになった)。そしてわたしの髪を掴んで盾にするリーダー格に向かって、凄まじい怒号を浴びせたのだ。

「オレのモンに触んじゃねぇ!!」

 ──という発言が波紋に波紋を呼び、いつのまにか「死にたくなけりゃマイキーの女には手を出すな」という話になっていたわけだ。

 しかしマイキーはしばしば東卍の仲間を「オレのモン」と言うので、わたしとしてはいつものジャイアニズムが発揮された程度の認識だった。
 ともかく周りがそういうことを言いだして、ドラケンくんが「いい考えだなこれ」、圭ちゃんが「そういうことにしといたほうが楽だな」と手を打ち、まず幹部がそういう扱いをしはじめた。わたしは「ドラケンくんと圭ちゃんがそう言うなら」と文句も言わなかったし、マイキーも「まー別にいんじゃね」という反応。


 夏に「別れよっか」とわざわざ言いにきたことを考えると、いつの間にか彼のなかでは、つきあっていることになっていたみたいだけれど。


「でも、別にそれからも好きとかつきあってとか言われるわけじゃないし。最近はむしろ隠し事のほうが多い気もするし」

 残り少なくなったジュースを啜る。氷で薄まったオレンジジュースは味がしない。
 マイキーの気持ち、よくわかんないな。
 でも、自分の気持ちもわからないんだ。マイキーのことは大切だと思う。当たり前に好きだ。だけどこの気持ちと、例えば圭ちゃんを好きだと思う気持ちに、何か明確な差があるかと訊かれたらわからない。

「‥‥‥そもそも圭ちゃんと較べるのが間違ってるんだろうなぁ」

 トレイを持って立ち上がり、ごみを捨てて店を出る。

 少し歩いたところで携帯を見てみると、マイキーから返信がきていた。ここから近いところにあるカフェでパンケーキを食べているらしい。

 真一郎くんのぶんまでしっかり“お兄ちゃん”しているマイキー。今日はエマちゃんのワガママに全部つきあってあげちゃうんだろうな。
 考えるだけでなんだか可愛くて、フフフと笑みを漏らしながらお店へ向かうと、思った通り、エマちゃんにあーんされてるマイキーがいた。

「マイキー、エ‥‥‥」

 マイキー、エマちゃん、と声をかけようとした瞬間、二人の間に一人の女の子が割り込んだ。
 テーブルをばんっと叩いて「二人は最低です!」と急に糾弾しはじめる。
 何、なんの裁判が始まったの、これ。

 さらにその後ろからドラケンくんが現れて「何やってんだタケミっち」と首を傾げた。
 ‥‥‥タケミっちもいるの?

 さらにさらに、ドラケンくんがわたしに気づいて「あきちゃんじゃん」と声をかけてくる。
 マイキー、エマちゃん、謎の女の子、物陰に隠れていたタケミっちと、その同行の少年二人もこっちに注目してきた。ん、あの眼鏡の男の子どっかで見たことあるなぁ、どこで見かけたんだろう。

「なに、一体どういう状況‥‥‥?」
「あきちゃんまで! 最悪だ!!」
「人の顔見るなり失礼だなぁタケミっち」

 タケミっちがこの世の終わりみたいな顔になっている。
 すると、ひとまずマイキーとエマちゃんを見やったドラケンくんが盛大に噴き出した。

「オマエ、妹の誕生日付き合ってやってんの? マイキー」
「うっせーな」
「‥‥‥妹!?」

 タケミっちたちが飛び上がって驚いている。

 なんとなく状況が読めてきた。
 マイキーとエマちゃんのデートを目撃したタケミっち一行は、二人のダブル浮気を疑ったのだ。彼らのなかではエマちゃんとドラケンくん、マイキーとわたし、のカップルが成立しているから。
 それでコソコソ尾行していたところ、当事者のわたしとドラケンくんが続けざまに姿を現したものだから、渋谷一帯が焦土と化すレベルの大喧嘩勃発を想像したに違いない。まあ確かに事実だったらえらいこっちゃ。

「妄想力が豊かだなぁ。‥‥‥はい、エマちゃん、お誕生日おめでと」
「わー嬉しい! ありがと、あきちゃん!」
「あきオマエ、タケミっちといつ知り合ったの」

 とんと興味なさそうに、でもまあ一応、といった感じにマイキーが訊いてくる。

「この間、町中で偶然。一緒に圭ちゃんのお墓参りしたよ」
「フーン」
「なになにマイキ〜やきもち?」

 エマちゃんがここぞとばかり、ニマニマとからかいにかかる。マイキーはそんな妹の額にチョップを落とした。手加減に手加減を重ねた、痛くも痒くもないやつ。
 兄妹のやりとりはひとまず措いて、わたしは初めましての女の子を見やった。

「あの子は?」
「タケミっちの彼女! ヒナっての」

 タケミっちの彼女‥‥‥。
 というと例の、マイキーに平手打ちをぶっ放した肝っ玉彼女だ。

「──そうだ、タケミっちの彼女に会ったら、言わないといけないことがあったんだ」
「あき?」

 わたしの視線に気づいて動きを止めたヒナちゃんとタケミっちに歩み寄ると、緊張した面持ちでぺこりと頭を下げられる。

「えっと、あの、あきちゃん、こちらオレの彼女のヒナ‥‥‥」
「橘日向です。はじめましてっ」
「うん。あなたが、初対面のマイキーに平手をかましたタケミっちの彼女さんね?」


 場の空気が凍りついた。


 思い当たる節のある目の前の二人は真っ青で真っ赤で忙しい。タケミっちの同行の少年二人は、ヒナちゃんがマイキーをぶったという情報に戦慄している。
 マイキーたちは見守ることに決めたのか、口を挟もうとはしなかった。

「あきちゃん待って! 聞いてください、ヒナはオレのために」
「うん、男は黙ってて。これは女同士の問題。そうでしょ、ヒナちゃん」
「‥‥‥ハイ! その節は本当にごめんなさい!」

 わたしはショルダーバッグを外してドラケンくんに預けると、右手にはぁっと息を吹きかけた。


「公平に、平手一発で勘弁してあげる。口のなか切るよ、歯食いしばって?」


「‥‥‥‥‥‥!」

 あっこれ圭ちゃんと同じセリフだなぁ。左手でヒナちゃんの頬を支えて右手を振りかぶる。
「ヒナ!」と動いたタケミっちを、ドラケンくんが「どーどー」なんて笑いながら羽交い絞めにした。

 ぎゅっと目を瞑ったヒナちゃん。



 ‥‥‥の、ほっぺたを、右手と左手でぎゅむっと挟む。



 ドラケンくんの腕のなかから脱出しようとしていたタケミっちが「アレ?」と瞬きをする。
 恐る恐る瞼を開いた彼女にちょっと顔を近づけて、「なんてね」と笑った。

「‥‥‥ふ?」
「好きな男の子のために頑張るのは素敵だけど、無茶しちゃダメ。相手がマイキーじゃなかったら、どうなってたかわからないよ」
「あ‥‥‥」
「へ‥‥‥あきちゃん怒ってないんスか‥‥‥」
「なんで? 他校の授業中に乱入して、いきなり人を拉致しようとするほうが悪いんだよ。わたしあの日、マイキーがビンタされたって聞いて大笑いしちゃった!」
「大丈夫っつったろ、タケミっち」

 ドラケンくんがタケミっちを解放する。その腕からバッグを返してもらって、元通り肩にかけた。

「でもねぇ、やんちゃな人たちと一緒にいると色々大変だから、立ち向かうところと逃げるところは見極めないとだめだよ。ヒナちゃんが痛い目に遭ったら、家族やタケミっちだって辛い思いをするんだから、自分のことも守らなきゃだめ」
「さっすが、拉致られ常習犯が言うと説得力あるな」
「ドラケンくんうるさい。まだ二回しかされてないもん!」

 ズビシと脇腹を攻撃すると「もう効かねー」と大口開けて笑われた。夏の八・三事件で刺されたあと、しばらくはここを叩けば大人しくなったのに。

「じゃ、わたし帰るね」
「えーっ、なんで! あきちゃんも一緒にデートしようよ!」
「兄妹水入らずの邪魔なんてできないよー。またねエマちゃん」

 するとドラケンくんも本来の目的を思い出したのか、エマちゃんの頭の上にぬいぐるみをぽんと置いた。
 エマちゃんが前にゲーセンでほしがっていたものらしい。

「誕生日おめでと。じゃ、用済んだし帰るわ」

 いや〜〜〜! こんなことされちゃ好きにもなるわ!
 嬉しそうにぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるエマちゃん。悔しいけど、ドラケンくんのプレゼントには一生勝てないんだろうな。

「あきちゃん暇ならオレらもデートしようぜ」
「いいね! あのねちょうど観たいと思ってた映画が公開中なんだ」
「あーっ、ずるい! エマもドラケンとあきちゃんと映画観る!」
「ハイハイまた今度な」
「ばいばい、マイキー、エマちゃん」
「ちょっとマイキーいいの! あきちゃんドラケンと行っちゃうよ!?」
「べつにいーよケンチン一緒なら安全だし」
「このヘタレ兄貴っ!!」


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