堅ちゃんとはじめて出会った日の話




「あっ、あきちゃん大変だよ!」

 小学五年生のある日のことである。
 図書室に寄ってから学校を出ると、クラスの男の子が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「やばい人がマイキーくんのこと捜してて、マイキーくんそいつについて行っちゃった!」
「やばい人?」
「背が高くて、変な髪型で、このへんに刺青してる人!」
「ええっ」

 刺青ってそれ本気でやばい人だ!
 真一郎くんのお友達もみんな言ってた、とりあえず刺青入れた大人には近寄らないほうがいいぜって。そういう人たちは真一郎くんのお友達よりももっと物騒で怖い『ホンショク』の人なんだって。

 マイキーはこの頃、気に入らない輩には迷いなくケンカを売るようになった(いや昔からそうだと言えばそうなんだけど)。
 先日なんて高校生の暴走族をやっつけてしまい、他校や中学校にまで名前を売っている。
 おかげでわたしも「オイそこのチビ、マイキーってやつ呼んで来い」と絡まれること多々──逆らってもいいことないから普通に呼ぶけど──そしてマイキーは飛び蹴り一発で大抵倒しちゃうんだけど───

 ともかく慌てて走りだし、学校の正門を出た瞬間、すぐそこの角を曲がってくるマイキーの姿を見つけた。

「マイキー! 呼び出されたって!?」
「あき?」
「えーい小学生相手になにやってんのよ! ヘンタイ変態! ケーサツ呼んじゃうから!!」

 わたしより身長の低いマイキーの手を掴んで背中に隠し、その後ろから現れた背の高い男にキーキー怒鳴りつける。

 そんなわたしをぽかんと見下ろしているのは、一人の男の子だった。

 マイキーはいつも通りのテンションで飴ちゃんを舐めている。学校にお菓子持ってきちゃダメだって散々言っているのに聞きやしない。校舎内で堂々と食べるよりマシだけど。

「‥‥‥アレ?」
「なにやってんのあき」
「だってマイキーが『ホンショク』の男の人についてっちゃったって」
「ホンショク? なにそれ四十八手の新種類?」
「シジューハッテってなに?」

 放置された男の子は「なんだこの会話」と遠い目になった。




 つまり全部わたしの誤解だったらしい。
 マイキーを捜しに来たのは目の前の少年。確かにすごく背が高くて、こめかみに龍の刺青があって、髪型も変だけど、彼は別の小学校に通う同い年の男の子だったのだ。
 彼がつるんでいた中学生がマイキーをシメるというので連れて行ったところ、やっぱり飛び蹴り一発で倒してしまったらしい。

 それで、なんやかんやあって友だちになったと。
 名前はケンチン。

「まことにもうしわけございませんでした」

 べこりと深々頭を下げると、その拍子にランドセルの中身が全部道路にぶちまけられた。
 おかしい、わたしはマイキーみたいにランドセルのかぎを開けて歩く趣味はないぞ。誰だ開けたの。そういえばさっきマイキーを背中に庇ったな!!

「マイキー!」
「あきのランドセルが『開けて』って言ってたから」
「んなわけないでしょうが! もう! 拾って!!」
「やーい怒りんぼ」
「‥‥‥‥!!」

 ワナワナ震えるわたしの足元に屈んだケンチンは、手早く教科書やノートを拾い集めてくれた。
 悪戯っ子張本人は頭の後ろで腕を組んで口笛を吹いている。

「はい‥‥‥」
「ありがとケンチン、ケンチンってすごぉく親切で優しいね。マイキーと違って」
「そのケンチンてのやめてくんない」
「ゴメンね、マイキーの綽名のセンスちょっとあれなの。名前なんていうの?」
「龍宮寺堅」
「うわかっこいー名前! じゃあ堅ちゃんね。わたし成瀬あき」
「あき‥‥‥ちゃん」

 すらっと背の高い堅ちゃんは、わたしのランドセルのかぶせをべろっと上げて、拾った教科書類をどさささっと入れた。最後に筆箱なんかの小物を入れてもらったあと、後ろ手にしっかりかぎをかける。
 帰り道にまたこっそり開けられないように、わたしは右手でランドセルのかぎをガードしながら歩くことにした。さっきみたいなお辞儀をしない限り、別にかぎが開いていても問題はないのだけれど、ぱかぱかしながら帰るのはだらしがない気がする。それに鍵って、閉めないといけないからついているんだ。常に開けっ放しのマイキーが変なの。

 マイキーが学校に置いてきた荷物を取ってくると、なんとなくわたしたちは三人で帰路を辿った。

「よーし、今日はあきん家で超過酷なサバイバル人生ゲームだ」
「えっそんな急な。わたし読みたい本があるんだけど」
「だって昨日カップケーキ焼いたって言ってたじゃん」
「それが目的か。二つしか残ってないんだよ、あと残りはお父さんとお母さんとお兄ちゃんのぶんだし。一人カップケーキ抜きになっちゃうじゃん」
「えっ?」

 びっくりしたように声を上げた堅ちゃんを見上げる。

「オレも行くの?」
「あれ、この話の流れで帰らせてもらえると思ってたの? マイキーしつこいよ、諦めたほうがいいよ」
「あきがひでーこと言ってる」
「ほんとのことだもん」

 天上天下唯我独尊丸のマイキーに気に入られた時点で、振り回されるのは目に見えている。ちいさい頃から一緒にいたわたしも、圭ちゃんも、もう嫌ってほど振り回されたものだ。
 マイキーは昔からすぐケンカするし、気まぐれで自由奔放で、鋭い牙の隠し方が下手くそな野生の獣みたいな生き物だ。自分のなかの美学があって、わたしも圭ちゃんもその美学が大好きで、だからマイキーのお眼鏡にかなってしまった不幸な堅ちゃんのこともきっと大好きになる。
 マイキーが友だちって言ったなら、堅ちゃんもわたしのお友だちだ。

「堅ちゃん、わたしと半分コでいーい?」
「‥‥‥ウン」


 そしてわたしの想像通り、堅ちゃんはこれから先、マイキーにしこたま振り回されることとなるのであった。




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