ぺーやんとポチと安田さんと




 パーちんのおうちには大きなアフガンハウンドがいる。
 ポチという名前のそのわんちゃんは、パーちんが小さな頃からの家族で、散歩はいつも彼の担当だった。パーちんが少年院に入ってからは、ドラケンくんとか三ツ谷くんとか、行ける東卍メンバーが交代でお散歩に連れ出している。

 今日の担当はわたしである。

「ぺーやんも行こうよ」「ヤだよオレ吠えられんだよ」「わたし一人でパーちん家行くの緊張するんだもん」「ヤだって」と嫌がるぺーやんの柄シャツの裾を掴んで、半ば無理やり林田家へ。
 お母さんからポチのリードやお散歩用品を受け取り、ぺーやんに向かってばうばう吠えまくるポチに引き摺られるようにしてお散歩へと繰り出した。

「ホラめっちゃ吠えるじゃねーか」
「あれじゃない、ぺーやんのことライバルだと思ってるんじゃない? どっちがパーちんの相方か争ってるつもりなんだよ」
「あきちゃんいくらオレがバカでも誤魔化されねーぞ」
「でも明らかにドラケンくんは格上判定してるでしょ。わたしにも優しいし。ねーポチ」

 ぎゅっと抱きつくと、ポチはわたしの頬っぺたや耳をべろんと舐め上げる。かわいい。
 最初はあんまりにも大きいからびっくりしたけど、基本的にポチはフレンドリーな性格なので、ぺーやん以外にはそこまで吠えない。やっぱりライバル視していると思うんだよね。

 ポチのお散歩は一応、ゆっくり歩いて一時間半くらいを目安にしている。
 ぺーやんに道を任せて雑談しながら歩いていると、向かいからやってきた女の子がこっちを見て足を止めた。

「‥‥‥げっ」
「ぺーやん?」
「林くん」

 どうやら知り合いらしい。お下げ髪の彼女の胸元には『安田』と書かれた名札がついている。このセーラー服は、多分ぺーやんたちの通う渋谷第二中の制服だ。
 安田さんはぺーやんを見て、そしてわたしを見て、やや理解しがたいものに向けるような目になった。

「もしかして‥‥‥彼女?」
「ンなわけねぇだろうがテメエの目は節穴かボケエ!」

 いつも通りの大音声で安田さんに反論したぺーやんの後ろ頭を引っ叩く。

「イテッ」
「いくら知り合いだからって女の子にそんな言い方しないの」

 ぐぅと黙りこくるぺーやん。安田さんの手前、いつものノリで「ゴメンあきちゃん!」とは言えないようだ。

「ぺーやん紹介して」
「‥‥‥‥‥‥三ツ谷の‥‥‥」
「彼女?」
「じゃなくて。わかって言ってんだろ」
「友だち?」
「手芸部‥‥‥」

 よっぽど安田さんが苦手なんだろう。ぎゅっと顔中のパーツを中心に集めるような渋面で、ぼそぼそと紹介してくれた。そしてなぜかわたしの背後に隠れる。
 なんだなんだ、安田さんに弱みでも握られているの?

「手芸部の人かー! いつも三ツ谷くんとぺーやんとパーちんがお世話になってます!」
「あ、いえ、こちらこそ。安田といいます」
「成瀬あきっていいます。三ツ谷くんたちの友だちです」

 ぺーやんは放っておいてぺこぺこと頭を下げ合った。
 お世話になってますって自分で言っておいてアレだけど、一体わたしは何目線であいさつしているのだろう。

「こっちはパーちんのペットのポチ。パーちんがお留守の間みんなで交代でお散歩してるんだ」
「そうなの‥‥‥。林田くん、早く戻ってくるといいわね」

 その一言に、つい動きを止めてしまった。

「‥‥‥ほ、ホントにねぇ。パーちん成績よくないから、早く出てこないと勉強、大変だし。ぺーやんもポチも三ツ谷くんも寂しい、し、」
「えっ、あの、成瀬さん!?」

 ぼろっ、と涙が一粒零れた。
 しまった、我慢しようと思っていたのに。慌てて目元を拭うけれど、安田さんに気づかれてしまって、後ろに隠れていたぺーやんも当然「あきちゃん」と蒼褪める。アワアワと彷徨った手が肩に置かれて、とっても不器用に撫でようとしてくれるので、思わず笑顔になってしまった。

「ゴメン、大丈夫。なんか、東卍じゃない子にそう言ってもらえるの、嬉しくて」
「やだ、泣き止んで。私、確かに部長以外の不良はきら‥‥‥好きじゃないけど、それでも林田くんに何か事情があったんじゃないかって思うわ。だって林田くんも林くんも、不良だし乱暴だけど、理不尽な暴力で普通の人を脅したりしないもの」
「うん。うん、そうだね‥‥‥」
「よかったら、ハンカチ使って」

 安田さんのちょっとツンとした口調は、かえってそれが彼女の本心なのだと教えてくれた。
 差し出されたハンカチで目元を押さえる。わんちゃんながら異変を察知して、ポチはくんくん喉を鳴らしながらわたしの腰の辺りにすり寄った。
 しょぼんとした顔のぺーやんを見上げる。

「ぺーやんごめんね、びっくりしたよね」
「いや‥‥‥」
「なんだか林くんが大人しくて変なの。いつもそうならいいのに」
「アア!?」
「ぺーやん」

 もはや条件反射で安田さんに噛みつくぺーやんにぺちりとツッコミを入れた。一周回って仲がいいように見えてくるから不思議だ。安田さんも慣れている様子だし、学校じゃいつもこんな風なんだろうな。
 ハンカチは洗って返すねとごり押しし、わたしたちは安田さんと別れてお散歩を再開した。

「ぺーやんって何で安田さんが苦手なの?」
「‥‥‥‥‥‥一回泣かせてっから」
「‥‥‥へえ」
「わざとじゃねーよ!?」
「わかってるよー」

 ガラの悪いぺーやんが全力で声を張り上げるので、すれ違った高校生たちに注目されてしまった。
 聞くところによると入学してすぐの頃、ぺーやんの悪意ない(考えなしともいう)一言で、安田さんを深く傷つけてしまったことがあるのだとか。
 見た目も声もいかつくて何もしなくてもガラの悪いぺーやんと、彼に一切臆した様子のない安田さんと。意外といいコンビのような気がするなぁ、と思ったことは黙っておこう。

「ぺーやん」
「うん」
「パーちん早く帰ってくるといいね」
「オウ」




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