三ツ谷くんとはじめて出会った日の話




 小学五年生のある日のことである。

 神奈川に住んでいる従姉が結婚した。
 お呼ばれしたはいいが、わたしの通う小学校には制服がない。母との協議の結果、いい感じのワンピースをレンタルしようという話になっていたのだが、結婚式に招待してくれた従姉の熱烈な希望によって着物を着る羽目になってしまった。彼女が子どもの頃に仕立てた四つ身だが、着る機会がなく箪笥の肥やしになっていたという。

 会場は横浜駅すぐそばのホテル。朝早くに電車で会場へ入り、髪の毛をセットしてもらって、着物を着て、結婚式と披露宴に出席し、そのまま電車で東京へ戻った。このまま駅前の写真スタジオで家族写真を撮る予定になっているので、渋谷駅で電車を降りる。
 さて予約した写真屋さんへ向かおうかというところで、わたしは見覚えのあるモヒカン頭を視界に捉えた。

「堅ちゃーん」
「あン? 誰‥‥‥、‥‥‥、エッあきちゃん!?」
「えっその沈黙なに」

 日曜午後の渋谷駅前、無数の人が行き交うハチ公周辺で知り合いを見つけるとは。
 いや、相手もなかなか目立つ容姿をしているので無理もないか。すらりと背が高く、小学五年生という年齢のわりに大人びていて、なぜか金髪モヒカンで、左の蟀谷には龍の刺青。知り合いじゃなきゃ避けて通る物騒さだ。
 実際、堅ちゃんを初めて見るお父さんとお兄ちゃんが「なんかすごい髪型だな」「ってか刺青」とびっくりしている。

「いや、え、なんだその恰好! すげぇな」
「従姉の結婚式帰りなんだよー。そっちの子は?」

 堅ちゃんの後ろにいた男の子の顔を覗き込むと、彼はハッとわたしを見下ろし、「え」とか「あ」とか妙な声を上げた。こちらは銀の短髪だったけれど、右の蟀谷に堅ちゃんとお揃いの龍の刺青が入っているのが薄っすら見て取れる。
 堅ちゃんの仲良しの子なのかな。刺青もお揃いってすごいなぁ。

「コイツ三ツ谷。オレのダチ」
「こんにちは! 成瀬あきです、堅ちゃんの友だちです」
「こ、んにちは‥‥‥」

 三ツ谷くんはちょっとぎこちない仕草で頭を下げる。もしかしたら人見知りなのかもしれない。誰も彼もマイキーみたいに「オレのダチになれ!」なんて言えるわけじゃないし。
 どうも彼の視線はわたしの着物に注がれているようだった。
 興味あるのかな。着物なんて滅多に着ないもんね。

「きれいな着物でしょ? 従姉が子どものときに仕立てたんだって」
「あ、ウン‥‥‥お雛さまみてぇだ」
「あ? 三ツ谷あきちゃんに惚れたの?」
「なんっっっでそうなンだよ!!」
「だって今『お姫さまみたい』って」
「お雛さまっつったんだよテメーの耳は節穴か!!」

 おお、三ツ谷くん意外とガラも口も悪いな。
 堅ちゃんまでなぜか押され気味になって「わかった、わーったよ悪かったよ」と謝っている。面白い。
 真っ赤になった三ツ谷くんは呆気にとられるわたしを見てハッとなった。

「ちが、違うんだ。妹たちのお雛さまみたいだなって」
「うん、ちゃんとお雛さまって聞こえてたよ。妹いるんだね」
「ああ、ふたり」

 普段がマイキーと圭ちゃんという悪ガキ代表みたいな二人と一緒だから、堅ちゃんと三ツ谷くんと話しているとなんだかとっても大人びた印象を覚える。堅ちゃんも家族に女性が多いという話だし、そのせいかな。
 三ツ谷くんって話しやすい。うん、そうだ、話しやすいんだ。
 マイキーが気に入った堅ちゃんはいいやつだったし、その堅ちゃんのお友だちなんだからきっといいやつなんだろな。

「あっ、そうだお母さん、写真撮ってー」
「ああ、はいはい。じゃあ三人並んで」

「えっ」と戸惑う三ツ谷くんを引っ張り横に立たせると、堅ちゃんは自然とその反対隣りに立ってくれた。こういうとこ堅ちゃんってすごいなぁ。躊躇わないんだもの。

「ハッ」
「ん? どした」
「両手に華ならぬ両手に龍だ!」

 ぶっ、と両隣の龍が噴きだした。ちょうどその瞬間にシャッターが切られたので、とってもいい具合に三人とも笑顔。

「我ながらいい発想だと思う、両手に龍。写真いる?」
「いるいる!」
「じゃあ現像したら渡すから。またね!」




 後日、焼き増しした写真は堅ちゃんと三ツ谷くんに渡した。
 わたしは入ったことがないけれど、堅ちゃんのお部屋には大事に飾ってあるらしい。
 以前三ツ谷くんに「写真どうした?」と訊いたら顔を真っ赤にしたので、多分彼も大事に持っているんだろう。ちなみにこの日の「お雛さま」発言は、五年経った今でもドラケンくんが三ツ谷くんをからかうのに使われている。




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