わたしを舎弟だと決めた小学二年の初夏、マイキーは至極真面目な顔でこう言った。
 ぺらぺらのランドセルを背負って、その辺に落ちていた木の棒を片手に。


「あき今日からオレの舎弟ね」
「舎弟のものはオレのもの、オレのものは舎弟のものだから」


 青い猫型ロボットの出てくるアニメで聞いたことのありそうなフレーズだが、細部が微妙に違う。
 あのときはふんふんナルホドと適当に聞き流していたけれど、よくよくその言葉の意味を考えたある日、わたしはフフッと笑ったものだ。
 だってそれだと舎弟って、兄弟とか家族と同じようなものだね。


第二章
Over The Rainbow;1




「真一郎くーん」

 ピアノのお稽古の帰り道、町中のコンビニの駐車場に屯している見知った高校生たちを見つけたわたしは、ぎょっとする周りの通行人の目も気にせずぽてぽてと近寄った(いま思えば、あからさまに暴走族な集団に小学生のチビが突撃していく様子はさぞ心臓に悪かったろうと思う)。

「おっ、あき。どーした、ピアノか?」
「うん。さっき終わって帰るとこなの」
「そーかぁ。おかえり」

 真一郎くんはもちろん、彼を通して知り合ったお友達のみんなは「おっ」と目を丸くした。

 唸りまくっていたバイクのエンジンを切り、煙草を吸っていた三人が慌てて地面で火を消す。「ただいまー!」といかついボンタン目掛けて飛びつくと、各々不良を極めた少年たちは代わる代わるわたしの頭を撫でたり抱っこしたりと歓迎してくれた。

「なに、あきちゃんピアノ弾けんの!? スゲーな」
「こんなチビの頃から習い事か、ヤベーな」
「よーしガリガリくん奢ってやる」
「あきパピコのほうが好き」
「ウッセェクソチビ! ガリガリくんで我慢しろ!!」

 ギャーギャー吠えながら二人ほどがコンビニのアイスコーナーに消えていく。
 最終的に真一郎くんの腕のなかに戻されると、「あき重くなったなー!」と失礼なことを言われた。

 わたしが真一郎くんに声をかけたところからハラハラした様子で見守っていたサラリーマンは、「し、知り合いか‥‥‥」と奇妙なものを見る顔で離れていった。ご心配をおかけしてもうしわけない。

「あー、竜ちゃんタバコのポイ捨ていけないんだー! 先生に言うからね」
「ずっりー、女子ってすぐ先公にチクんだからよー。わかったよ捨てるよ」
「エライエライ」

 真一郎くんの仲間たちはいつでも優しかった。
 世間的には立派な非行少年だ。関東一の暴走族。優しいなんて言葉とは無縁のはずの不良たち。大人に指図されれば反抗したのかもしれないけれど、こんな小学校二年生のチビに言われたことには大人しく従って、偉そうに頭を撫でようとすると身を屈めてくれる。
 彼らのボスである真一郎くんの顔見知りだからという理由はあっただろうけど、わたしにとって彼らは、町で会えば手を振ってくれる“優しくて愉快なお兄ちゃんたち”だった。

「あ、そうだ真一郎くん、聞きたいことがあったの」
「ん? オレに解ることだといいけど‥‥‥」
「あのね、『しゃてい』ってなーに?」

「しゃてい?」首を傾げた真一郎くんに、煙草の吸殻を灰皿に捨てて戻ってきた竜ちゃんが「舎弟だろ」とツッコむ。
 ちなみに竜ちゃんはもともと別の暴走族を率いていた総長さんだが、今では真一郎くんの仲間の一人。金髪リーゼントという、頭皮に甚だ悪そうな髪型をしたゴリゴリの不良だ。見た目はかなり怖い。

「なに、あき誰かの舎弟になんの?」
「マイキーに今日言われたの。あき今日からオレの舎弟な、って」
「万次郎あいつ〜‥‥‥」

 遠い目になった真一郎くんの腕から下りると、「よーし、あきちゃん」と竜ちゃんがわたしの目線に合わせてしゃがみ込んだ。

「舎弟のセンパイとしてオレが舎弟のなんたるかを教えてやろう」
「竜ちゃんも舎弟なの?」
「オレぁ真一郎の舎弟だからな。まず座り方はこう!」
「なに教えてんだオイ」
「やだぁ、その座り方。スカートのなかが見えちゃう」
「あン!? そんな中途半端な覚悟で舎弟名乗ってんじゃねぇよ! いいか、あきちゃん、女は度胸だ。啖呵切るときは殺す気で切れ‥‥‥」
「竜、こら」
「ガリガリ君買ってきたぞ〜」

 わちゃわちゃしている間にガリガリ君を与えられた。竜ちゃんの舎弟談義を聴きながら袋を開けたら、冷気でアイスと袋がひっついてしまった。
 舎弟たるもの兄貴に死んでもついていくこと〜みたいな話をクドクドしながら、竜ちゃんは袋を引っぺがしてくれる。ありがと、とお礼を言って角っこを齧った。

「いいかーあきちゃん。舎弟ってのは常にアニキのそばに控えて、アニキのために動き、アニキのために戦って死ぬのだ。オマエのものはアニキのもの、アニキのものもアニキのもの、アニキのものはオマエのもの。オマエはアニキの大切なもののために命もプライドも捨てなければならないのだ」
「竜、小二の女の子になに吹き込んでんだよ」
「ウッセェ舎弟同士の話にアニキが首突っ込むんじゃねぇ」

「アニキの扱いじゃねぇよそれ」真一郎くんがまた遠い目になった。
 普段はこんな風にみんなからいじられているくせに、どうして真一郎くんは東京中の不良のテッペンにいるのだろう。下手をしたらマイキーのほうが強いのではないだろうか。

「なんかマイキーも似たようなこと言ってた」
「とはいえ、あきちゃんはケンカしなくていい。ピアノする手がイテテってなったら困るからなぁ」
「む。確かにそれは困ります」
「だろー?」

「話盛り上がってんな」「あきちゃんと竜は思考レベル一緒だからな」と真一郎くんたちに見守られるなか、舎弟仲間どうしで額を突き合わせる。

「だから万次郎の舎弟のあきちゃんは、いついかなるときも万次郎を信じてあげること、だ!」
「それだけ?」
「それだけでいーのさ。男ってのぁバカな生き物だからな」
「へー」

 信じるだけで力になるなんて、竜ちゃんたちの言うことって時々不思議だ。
 この間図書室で借りてきた本で主人公が言っていたのと同じセリフ。お話のなかだけのことだと思っていたけど、竜ちゃんたちにとってはそうじゃないのかな。
 わたしたちの舎弟談義を呆れ顔で聞いていた真一郎くんが、わたしの隣にしゃがみ込む。

「じゃ、あき、これはシンイチローとの約束」
「うん?」
「マンジローがくじけそうなとき、オマエだけは最後まで味方でいてやれ。そばにいて、他の誰がいなくなってもあきがいるって、言ってやってくれよ」
「わたし以外にマイキーの味方がいなくなるってどんな状況? 真一郎くんもおじいちゃんもエマちゃんも圭ちゃんもってこと?」
「そうだなぁ。世界の終わりとかかもな!」

 ニカッと歯を見せた真一郎くんが差し出した右手の小指に、わたしも笑いながら小指を差し出した。

「ゆびきりげんまん。嘘ついたら〜」
「ついたら?」
「ガリガリ君をあきの口いっぱいに詰め込む、ゆびきった!」
「きゃああああ!」
「「「真一郎ヒッデェ!!」」」


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