十二月も半ばを数えると、気温はぐっと下がった。
 東卍のみんなと一緒にいると全然そんな気がしないけれど、中学校の同級生はみんなとっくに受験モードに入っている。わたしだって一応塾には通っているし、夏休みのオープンスクールや進路希望調査なんかも程々にこなして、受験する学校も二校までに絞っていた。

 マイキーたちはどうするつもりなんだろう。
 マイキーとドラケンくんはバイクをいじるのが好きみたいだし、不良校で有名な工業高校で番を張りながら整備関係の勉強、っていうのが一番似合っているかな。三ツ谷くんは将来の夢がはっきりしているみたいだし服飾系だろうな。
 いや、っていうかみんな受験する気あるのかな?
 逆に高校進学するのがわたしだけだったらどうしよう。「え、あき高校行くの? マジ?」みたいな、有り得るなぁ、十分有り得る。


 ──と、受験生っぽいことを考えてみたものの、わたしは十二月上旬の期末テストを終えたあとは全く勉強していなかった。
 編み物で大忙しだったのだ。


 今日も一応、気分転換のための問題集やペンケースを持ってはいるものの、カバンの中身は大部分が毛糸。区立図書館の閲覧スペースの端っこでかれこれ二時間ほど、マイキーへのクリスマスプレゼントを編み続けている。
 棒針って武器として使えそう。耐久性には欠けるけど、先が尖っているから振り回すだけでも怖い。
 ‥‥‥なんて、すっかり不良っぽいことを考えながら。

 背後に近づいた誰かが耳元に唇を寄せてきたのは、一段編み終えてふうっと息を吐いたときのことだった。

「あきちゃーん」
「ひえぇぇぇ」

 図書館のなかということに配慮した小声のせいで、かえって息がかかって驚いた。
 思わず棒針の先端を突き付けてしまい、今度は相手が「うわっ」と後退る羽目になる。

「ゴメン、そんなビビると思ってなかった」
「ど、ドラケンくん」

 怒るでもなく苦笑いで手を上げたのは、金の辮髪に龍の刺青、我らが東京卍會副総長だった。


第三章
Fly Me To The Moon;02




 図書館にドラケンくん。
 お世辞にも似合っているとは言い難く、本人もそれを解っているのか周りを気にしながらわたしの横の席に腰を下ろした。幸いにして周りの利用者たちは自分の読書や書架の本に集中していて、悪目立ちすることもなかったけれど。

「どうしたの?」
「家に電話したら、おばさんが図書館って教えてくれたからさ。キリいいとこまで待つからちょっとブラブラしねぇ?」
「いいよ。今ちょうど一段編み終えたとこだから、行こ」

 机の上に置いていた編み図のコピーに先程編んだ段をメモして、わたしは荷物をまとめた。
 その拍子に携帯電話を確認すると、不在着信が二件ほど入っていた。隣の彼からだ。携帯に出なかったから家にかけてくれたのだろう。
 ドラケンくんが、マイキー抜きでわたしに会いにくるなんて珍しい。

 暖房の効いていた図書館を出ると、肺の底を軋ませるような風が頬を撫でた。

「さっき編んでたのって、もしかしてクリスマスプレゼント?」
「うん。マイキーには内緒にしといてね」
「りょーかい。最近マイキーが拗ねてんのこれのせいか」
「なに、拗ねてるの?」
「ああ。『最近あきが三ツ谷とばっかりデートしてる』つって不貞腐れてたぜ。んでエマが『いつまでもマイキーがハッキリしないから浮気されてんだよ』とか煽るから」
「エマちゃんてば‥‥‥」

 エマちゃんにはマフラーを編もうと思うと話してあるから、きっと内緒にしつつもマイキーをからかって遊んでいるんだろうな。

「あきちゃんてさ、やっぱマイキーのこと好き?」
「‥‥‥そう見える?」
「なんだその返し」
「なんか最近、よくわからなくて。マイキーのことは当たり前に好きだし、大事にしたいなって思うけどさ。じゃあこの気持ちは圭ちゃんに対する気持ちと何か違うのかなって考えたら、いつもこんがらがっちゃうの。わたしって圭ちゃんよりマイキーのことが好きに見える?」

 今までずっと一人で悶々としていた問題だ。はっきり口にしてみると、自分がとんだ優柔不断女だってことがよく解った。
 ドラケンくんは「んー」と真面目に首を傾げる。

「‥‥‥較べる相手が悪いんじゃねぇの?」

 ドラケンくんと歩く渋谷の街は見晴らしがいい。
 大抵の人が「うわ金髪」「うわ刺青」「うわ怖っ」と道を開けてくれるからだ。そしてたまに「ドラケンだ」って囁かれて、嫌な感じのする視線があれば睨みつけて追っ払う。こういうとき、わたしの友だちって不良なんだなぁ、と実感する。

「場地よりさ、オレとか三ツ谷と較べてみろよ」

 彼の言いたいことは、よくわかっていた。
 圭ちゃんの存在はあまりに根深く、鮮明で、そして烈しかった。喪ってしまった人への敬愛と、生きている人への感情は、多分一緒にするべきじゃない。
 でもドラケンくんや三ツ谷くんじゃ、一緒に過ごした時間が違いすぎるから、マイキーと較べることができないのだ。

「‥‥‥んんん」
「ま、オマエらにはオマエらのペースがあるんだろうけどさ」
「じゃあ、ドラケンくんから見てマイキーってどう。わたしのこと、どう思ってるように見える?」
「そりゃーオマエ好きじゃねぇやつ相手に‥‥‥」

 当たり前だろ、みたいな顔で口を開いたドラケンくんは言葉を止め、口を閉じ、腕まで組んでムムムムと悩みはじめた。

「ヤベェ確かにわかんねぇ。いつも『オレのもの』とは言うけどいつものことだもんな」
「ドラケンくんと出会う前から言ってますしね」

 東卍が渋谷を縄張りとしているせいもあって、この辺りをぶらついていると見知った顔に出くわすこともある。ドラケンくんは顔が広いから尚更だ。
 通りがかった東卍の子に「今日は総長一緒じゃないんすね」なんて言われたりもして、二人で顔を見合わせてしまった。

「まー確かにマイキー抜きで会うことってあんまねぇか」
「どうする、明日になったらまた『総長の彼女が副総長に乗り換えた』って噂になってるかも」
「またマイキーが拗ねる」
「またエマちゃんに怒られる」

 七月にあった『ドラケンがあきちゃんの肩抱いて「オレの女」って言った事件』を思い出しながら、ゲームセンターに足を踏み入れる。
 UFOキャッチャーやプリクラ、音楽ゲームの筐体の間をすり抜けて、ドラケンくんが指さしたシューティングゲームの幕をくぐった。ゾンビを次々に撃ち倒していくタイプのやつだ。
 楽しそうに鼻唄を歌いながら、ドラケンくんが小銭を入れる。

「ハイ、あきちゃんも銃持って」
「えぇ、絶対すぐ死んじゃう。ゲームの下手くそさは圭ちゃんお墨付きだよ?」
「知ってっけど」

 ドラケンくんがちゃきちゃきと難易度やフィールドを設定していくのを眺めつつ、手に持ったプラスチックの銃の引き金を意味もなく引きまくった。

 ゲーセン、よく圭ちゃんと千冬くんと三人で学校帰りに寄ったな。
 こういうタイプは二人しか中に入れないから、なんとなく誰も「やろう」とは言わなかったけど。

 圭ちゃんてばUFOキャッチャーはあんまり上手じゃなくて、そのくせわたしが「あれ取って」って煽ったらムキになって挑んじゃうから、最終的によく店員さんも一緒になって応援してくれたっけな。
 そのときゲットした大きな猫ちゃんのぬいぐるみ、動物好きな男の子二人も満更じゃない顔をしてたけど、「オレらがこんなん持ってたら犯罪だろ」って言うから今はわたしの枕元に鎮座している。マイキーのお気に入りだ。


 ‥‥‥ああ、わたし、圭ちゃんのことを冷静に思い出せるようになったんだ。
 こうやって記憶を辿ってあの意地悪な笑みが蘇っても、もう、すぐにでも涙が溢れるなんてことはない。


 オープニングムービーをぼんやり見つめていると、ドラケンくんは「実はさ」と神妙に切り出した。

「昨日、タケミっちが黒龍のアタマにボコられてな」
「ブラックドラゴン?」

 黒龍。
 東卍にとっては因縁深い相手だ。

「‥‥‥そうか、去年新しい人が総長になって再興されたんだったっけ」

 そもそも、マイキーのお兄ちゃんである真一郎くんが創設した暴走族・“黒龍”。
 長年関東の暴走族の頂点に君臨していたけれど、ある代を境にカラーが一変し、汚いこと卑怯なこと何でもありの性質の悪いチームに成り果てた。先代の九代目黒龍が二年前にカズトラくんと揉め、それを助けるために集まったのが東卍のはじまりだ。
 九代目は潰走。このまま消えるかと思われたが昨年、新たに十代目総長が就任した。

「十代目総長の名が柴大寿」
「うんうん、聞いたことある」
「八戒の兄貴なんだと」
「‥‥‥ええっ!?」

 ドラケンくんが銃を構えた。
 気づけばオープニングムービーは終了し、画面の中のパーティー会場にゾンビが押し寄せている。わたしも慌てて引き金を引いたけどさっそく一発もらってしまった。

「‥‥‥なんかゾンビ硬くない!?」
「あ、ハードモードにしたから」
「なんで!? えっ、八戒くんて弐番隊の八戒くんで間違いないよね?」
「そーその八戒。まあそれはともかくとしてよ、タケミっちが壱番隊隊長と知っての暴挙、またデカい抗争になるかもしれねぇ。あきちゃんも解ってると思うけど、黒龍はいまや女だろうが関係ないような連中だから」
「ちょっと平然と話進めないでよぉぉぉ」

 ばこばこ撃ってはリロード、撃ってはリロードを繰り返す。
 そうか、東卍の現状を話さないといけないから、こんな音がやかましくて二人きりになれるゾンビゲームをわざわざ選んだのか。それにしてもハードモードは鬼畜すぎない?

「今後どうなるかはわかんねーけど、とにかく黒龍の縄張りに近寄るときは気ィつけろ。で可能な限り縄張り周辺一人でフラフラしないこと」
「ひええぇぇぇ、死んだ!」
「あきちゃん下手っぴだなー。話聞いてたか?」
「ハードモードにするからじゃん! 聞いてましたよ‥‥‥新宿近辺に近づくなって話ね」
「そ」

 ドラケンくんはニコニコしながら画面のなかのゾンビを撃ち倒しているけれど、十代目黒龍との全面戦争ともなればかなり大ごとになる。
 いまの黒龍は九代目とは別物だ。
 絶対的君主の十代目総長を中心に、特攻服を一新し軍隊のように強い統制を敷いているという。一般人に無闇に絡むことこそないものの、噂では『暴力を売る』とかいう物騒極まりない話もあった。
 まだ九代目のほうが、ただ汚いだけのチンピラ集団というだけ御しやすく思えたほど。

 ドラケンくんは一人で中ボスを倒してしまった。
 クリア画面にプレイ内容の結果が表示される。わたしのほうは途中で死んだので惨憺たる内容だ。画面にはべっとり血痕がついていた。

 にかっとドラケンくんが笑ってこっちを見た。
 小六の冬に三十対一のケンカで快勝したときみたいな、いい笑顔だった。

「もっぺんやる?」
「‥‥‥ドラケンくんの意地悪」



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