『パーが
クラスメイトたちと一緒に渋谷の街で遊んでいたところ、携帯電話の不在着信に気づいた。
上から下まで二分おきに『場地圭介』とあったのだ。なんだこれストーカーか。夥しい数の履歴にゾッとしながら折り返して、わたしはその報せを聞いた。
「えっ、‥‥‥圭ちゃんなんて?」
『耳聞こえてねーのか殺すゾ』
この口の悪いのは場地圭介。
東京卍會創設メンバー、そして壱番隊隊長を務める、マイキーと同じくらい長い付き合いの腐れ縁だ。
『愛美愛主とモメたドサクサで相手のトップをナイフで刺したらしい。マイキーたちは散って逃げたけどパーは現場に残った。オマエ今どこにいんだ?』
「と、友達とボウリング‥‥‥」
答えた瞬間、友達の投げたボールがピンを跳ね飛ばした。パッカーン、と小気味いい音が電話の向こうにも聴こえたらしく、圭ちゃんが盛大に溜め息をつく。
みんなが笑顔で娯楽を楽しむど真ん中で、刺したのパクられたの物騒な話をするのは居心地が悪い。自然と声が小さくなった。
『一応マイキーがトップをノシたってことになってっけど、あそこも一枚岩じゃねぇ。オマエしばらく一人になるな。今からそっち行くから動くんじゃねーぞ』
「ちょ、ちょっと待ってよ、パーちんは大丈夫なの? どうなるの?」
『逮捕されたっつってんダロ!? いーから腹イテェとかババァ死んだとか適当に言い訳して抜けてこいクソあき!!』
‥‥‥相変わらず口が悪いんだから。
第一章
あなたの心臓、02
とりあえず「お腹が痛い」を採用して友達と別れたわたしは、念のためお腹が痛いふうを装って一階の待合ソファに座っておいた。
少しして迎えにきてくれた普段着の圭ちゃんは、方々走り回ったらしく汗だくだ。
わたしにとっては寝耳に水だったけれど、彼にとってもそうなのだろう。事前に抗争の日取りが決まっていたなら特攻服を着ているはずだ。
「ねぇ、愛美愛主ってパーちんの友だちとその彼女にひどいことした連中でしょ。東卍と抗争になるんじゃなかったの? なんでこんな急に?」
「オマエどこまで話聞いてんの」
「今言ったことだけ。‥‥‥三日前にマイキーがうち来たとき、ちょっとピリピリしてたのは気になってたけど」
やや周囲を警戒しながらも、お店の近くに乗り捨てていた自転車に跨った圭ちゃんが「乗れ」と吐き捨てる。
荷台に横座りして、振り落とされないように圭ちゃんのシャツを思いきり掴んだ。
「一応顔だけ隠しとけ」
「あ〜〜圭ちゃん汗だくで暑い」
「ウッセェ文句言うな!!」
振り返って怒鳴った圭ちゃんはその拍子にわたしの顔を見た。息を止めて、眉間に皺を寄せる。
わたし、よっぽど情けない顔をしているみたい。
──パーちんが逮捕された。
さっきから頭のなかをその一言がぐるぐる駆け巡っている。パーちんがナイフで人を刺した。逮捕された。ケンカが強くて力持ちで、ちっちゃなグループなら一人でノシちゃえるパーちんが、拳ではなく凶器を使って人を傷つけた。
確かに愛美愛主のやったことは不良のケンカレベルじゃない。
でもまさかパーちんが。
「‥‥‥圭ちゃん、パーちんどうなるの」
「それをこれから話しに行くんだろ。いーから顔伏せろ」
圭ちゃんのシャツを握った手が恐怖に震えていた。
パーちんがどうなるかなんて聞かなくたって判っている。仲間が逮捕されるのは初めてではないのだから。
刺された相手の容態にもよるけど、パーちんは鑑別所に収容されて審判を待ち、恐らく少年院に入ることになる。一年か、二年か、もしくはそれ以上‥‥‥。
圭ちゃんは、東卍のいくつかあるアジトのうち廃ビルの近くで自転車を停めた。
中は騒がしい。怒声が飛び交っているのが聞こえる。
「アー、またかよ」
「またって何?」
「マイキーとドラケンが大ゲンカしてんだよ。何度止めても聞きやしねぇ!」
駆けだした圭ちゃんのあとを追っていくと、廃ビルの二階に東卍幹部が集まっていた。弐番隊の三ツ谷くん。参番隊副隊長、逮捕されたパーちんの腹心ぺーやん。肆番隊のナホくん。伍番隊のムーチョくんは来ていないようだ。
そしてど真ん中で殴り合う、総長マイキーと副総長ドラケンくん。
三ツ谷くんと圭ちゃんが二人を止めにかかるけど、東卍トップの二人のケンカは容易には止まらない。
‥‥‥なんでこんな事態になってるの?
こんなときに。
「危ねーからあきちゃんは下がって‥‥‥‥エッ」
わたしの顔を一瞥したナホくんが固まった。
殴り合う二人と制止する二人につかつかと近寄る。
そのまま、互いに拳を振り上げたマイキーとドラケンくんの間にガードも構えず立ち入った。「あきっ」「あきちゃん!」圭ちゃんと三ツ谷くんがぎょっと悲鳴を上げる。
ハッと我に返ったマイキーと目が合った瞬間、わたしの側頭部と顔面すれすれに、渋谷最強の二つの拳が静止した。
「何やってんの二人とも」
「「‥‥‥‥」」
「パーちんが逮捕されたんでしょ。二人でケンカなんてしてる場合なの!?」
息を荒げる獣、二匹。
順番に睨みつけると、まずはマイキーが拳を下ろした。次にドラケンくんが「ゴメン」と体から力を抜く。三ツ谷くんと圭ちゃんも二人から離れて、それでようやく静寂を取り戻した。
肩を落としたマイキーを廃材の上に座らせて、わたしもその横にちょこんと腰掛ける。
「‥‥‥危ないことしないで。あき」
「二人がこんなケンカしなければもう一生しません」
少し離れたところにみんなが位置取ると、当事者たちがゆっくりと今日の出来事を語りはじめた。
マイキーとドラケンくん、そしてパーちんにぺーやんの四人は、きたる武蔵祭りの日の抗争に向けて廃工場のアジトで話し合いをしていた。
するとそこに、マイキーが最近友だちになった“タケミっち”という男の子がやってきて、愛美愛主との抗争に反対だと言いだしたらしい。必死な彼の様子を見て、愛美愛主を一度調べてみてもいいんじゃないかという気になったドラケンくんに、ここ最近ピリピリしていたマイキーは突っかかってしまった。
そこに現れたのが当の愛美愛主。
パーちんとトップの長内がタイマンしたり、マイキーが長内を伸したりと色々あったが、騒ぎを聞きつけた警察が急行してきたため一旦解散の流れとなる。
そしてそこでパーちんは、長内を刺した。
彼は「自首する」とその場に残り、パーちんを連れて逃げようとするマイキーをドラケンくんが引っ張って、東卍のみんなも三々五々逃げ出したという。
「‥‥‥そっか」
今までずっとパーちんと一緒につるんでいたぺーやんは、悄然と項垂れている。
きっと一番ショックなのは彼だ。東卍結成前からパーちんとコンビを組んでいた相棒同士。パーちんが人を刺したという事実も、彼を置いてきてしまったことにも打ちひしがれている。
そんなぺーやんが悲しむことくらい、パーちんだって解っていたはず。
それでも動かずにはいられなかった。
長内を、刺さずには。
「パーちん、許せなかったんだね‥‥‥」
夏の陽射しは傾き、気づけばアジトのなかは暗くなってきていた。
メンバーの沈痛な空気のためか、実際よりももっとずっと薄暗く感じる。
「でも、ナイフはだめ。だよね」
「‥‥‥そうだな」
うなずいてくれたのは三ツ谷くんだった。
「マイキー。時間も時間だし、あきちゃんは一旦家に送ろうぜ」
「‥‥‥場地」
「へーへー」
「あき、オレがいいって言うまで家から出ないで」
ドラケンくんが今日の出来事を語る間、一言も喋らなかったマイキーがぎゅっとわたしの服の裾を掴んだ。
‥‥‥大丈夫かなぁ。
用事はしばらくないから家から出るなっていうのはいいけど、マイキーとドラケンくんが心配だ。この二人のケンカとなると隊長クラスでも止められない。わたしみたいな弱っちいのが後先考えず無理やり間に入って、目を覚まさせるので精一杯なのだ。
でも、「別れよっか」なんてわざわざ言いに来たマイキーが、わたしを心配してくれていることも判っている。
「‥‥‥わかった。言うとおりにするね」
「ウン」
「どうしても用事があるときは圭ちゃんを護衛につけます」
「ウン」
「オイ。オレの都合を聞けよ」
無視である。