第三章
Fly Me To The Moon;05




「バイクで市中引き回しの刑!?」

 先日のマイキーの物騒極まりないデートのお誘いのことを話すと、三ツ谷くんはお腹を抱えてしばらく笑い転げた。

 場所は三ツ谷くんの中学校、手芸部の部室。
 三年生だから本当はもう引退しているんだけど、ちょいちょい部室に顔を出すので、いまだに三ツ谷くんが「部長」と呼ばれているらしい。何度か出入りして一緒に作業するうちにわたしの顔もみんな憶えてくれて、すっかりお友達になってしまった。

「なんでああいう発想になるんだろうね。仮にもクリスマスイブのデートの約束なんですけど」
「あー久しぶりに笑った笑った。‥‥‥うんまあ、すっぽかされたくねーんじゃね?」
「わたしはすっぽかしたこと、ないんですけどね!」

 遊ぶ約束を一方的に反故にするのは大体マイキーたちのほうで、その理由は九割ケンカだ。自分のことを棚に上げてバイクで市中引き回しの刑ってどういうことなの。

 ちなみに今日は、ぺーやんも手芸部の部室に入り浸っている。
 わたしのマフラーを眺めて「進んでんじゃねーか」と感心したのち、隣の椅子にどっかり腰掛けた。大股開いて通行の邪魔になりかけたので「ぺーやん、足閉じなよ」と叩いたら、下級生たちがヒィッと悲鳴を上げた。なんかごめんね。
 短ランの下にド派手なプリントシャツを着ていて、周りの生徒からはちょっと遠巻きにされているので、ぺーやんは普通に不良をやっているらしい(普通に不良っていうのも変な話だ)。

「長いな。あきちゃんコレどこまで編むんだよ」
「長いように見えるけど、意外とそうでもないんだよ。ちょっとぺーやん巻いてみてよ」
「えっ」

 棒針が当たらないように気をつけながら、編み途中のマフラーをぺーやんに巻きつけてみる。首周りを一周、二周したあと結べる程度の長さがあれば十分なんだけど、もうそろそろ端の始末にかかってもよさそうだった。
 三ツ谷くんが満足そうにうなずく。

「いい感じじゃね? あとフリンジもつけるんだったよな」
「うん。あとちょっと編んだら終わろうかな」
「んじゃ、今日完成だな!」

 大人しくマフラーを巻かれてくれたぺーやんからくるくると剥ぎ取る。よっしゃ、と気合いを入れて残りを編み始めると、飽きてきたらしいぺーやんが「喉乾いたからなんか買ってくる」と席を立った。

「お、オレもなんかほしい」
「オウ。あきちゃんはココアでいーかよ」
「うん! ありがと! ぺーやん優しいな〜〜」
「ウッセェ!!」

 ピシャァァァンと勢いよく閉まったドアに手芸部の部員さんがびっくりしていた。
 真っ赤になっていたぺーやんの照れ顔を思い出してか、また三ツ谷くんはお腹を抱えてクククと笑っている。

 そんな銀髪頭を見下ろしながら「八戒くんの」とつぶやくと、笑い声はぴたりと止まった。

「‥‥‥お兄さんのこと、三ツ谷くんは知ってたの?」
「ああ──まあな。黙ってたのは悪かったよ」
「さすがにちょっとびっくりした。マイキーは和平を結んだって言ってたけど、実際どんな感じなの。怪しいわけ?」

 ぱちり、瞬きとともに三ツ谷くんの眸がこちらを向く。

「マイキーなんか言ってたか?」
「別に。大寿くんと話したっていう帰りにうちに来たんだけど、ちょっと様子が変だったから気になっただけ」
「‥‥‥まあ若干、和平の話がすんなり進みすぎた感じはあったかな。あれから目立ったトラブルも起きてねぇし、考えすぎかもしんねーけどよ」
「そう‥‥‥」

 考えすぎ。
 そうだなぁ、考えすぎなのかな。
 ここ最近が物騒すぎたのと、千冬くんからあんな話を聞いたから色々と疑念を抱いてしまうけど、やっぱり警戒しすぎなのか。
 でもどうしても、黒龍とは因縁があるぶん用心してしまう。

「‥‥‥マイキーがさ、どこ目指してんのかわかんなくなった、って言ってたんだ」

 三ツ谷くんがぽつりと零した。
 あの人のその迷いは、なんとなく理解できる気がする。

「そうね。短期間に、大きくなりすぎた気はするよね。それにしてはわたしたちが喪ったもののほうが重すぎる。人数ばっかり増えたわりに中身は軽くて、泡みたい」

 稀咲と半間を得た代わりに、パーちん、圭ちゃん、カズトラくんを削がれた。
 望んでこうなったわけではないし、過ぎたことは戻らない。とはいえわたしたちに本当に必要なのは、愛美愛主や芭流覇羅の勢力ではなくて、志を共にする大切な仲間だったはずだ。
 これからどうなってしまうのだろう。

 こっそりと不安を打ち明け合った二分後、ぺーやんが飲み物を抱えて戻ってきた。
 お金を渡したあと、気を取り直して最後の始末にかかる。編み上がったマフラーが棒針から完全に離れると、残った毛糸でフリンジをつけて、ようやく完成品ができた。

「できたぁぁぁ」
「よっしゃ! よく頑張ったな!」
「先生のおかげです! ありがとうタカちゃん先生!」
「変な呼び方すんな」
「あいた」

 パチパチパチとぺーやんが拍手してくれたおかげで、手芸部の部員のみんなまで「おめでとー!」と様子を見に来てくれた。
 三ツ谷くんや部員さんたちが矯めつ眇めつ完成品を観察している。あんまり見られると恥ずかしいのだけど。

「あとはラッピングしてデートするだけだな。よし、この際正式にくっついちまえ!」

 自分のことみたいに嬉しそうに笑ってくれる三ツ谷くんに、ふと、氷の塊が胸の裡を滑り落ちるのを感じた。

 マイキーは難しい人だ。
 子どもの頃からちょっとフワフワしていたけど、真一郎くんという土台があった。その心の土台をぽかりと喪ってしまった二年前の夏から、彼のこころのなかには寂しい空白がある。
 東卍という力を手に入れた。
 彼自身が誰より強かった。
 強いマイキーでいなければならなかった。

 そんなマイキーがただの“佐野万次郎”に戻ってもいい場所。今のこの立場さえすでに最上級の名誉だ。
 このうえ名前だけじゃなく本当に彼女にしてもらう必要が、今更あるだろうか。


 大切にしてくれている。その自覚はある。
 でもこんな、殴られたら死んじゃうような弱っちいわたしで本当に大丈夫?


「難しいこと考えんなよ。パーちんじゃねぇけど、オレバカだからわかんねーし」
「三ツ谷くんはまだ頭いいほうでしょ」
「まだとは何だ、まだとは。‥‥‥いいじゃねぇか、面倒なこと色々措いといてさ。マイキーのこと好きだろ?」

 いいのかなぁ、好きとか言って。
 マイキーって本当、すごい人だと思うし、対してわたしなんて家が近かっただけの地味子だし。もっとキラキラしてて可愛くて、ケンカも強くて凛とした女の子のほうが、隣にいて似合うんじゃないかなって、実はいつも思ってるけど。


「でもそれって、『好き』って言ってるように聞こえるけどなぁ」


 ああ、でも、いいのかな。
 マイキーのそばにいてあげたくて、傷ついていたら一緒に泣きたいこの気持ちが『好き』でいいのなら、彼が今まで与えてくれたたくさんの感情だって、じゅうぶん『好き』だと思うんだ。


「オレたちのそばでも、どこか遠くでもいい。痛いことも怖いことも関係ないところで生きて、笑ってて」

「それだけでいい」



 できあがったマフラーを畳んで、膝の上に置き、そっと撫でた。


「うん。だいすき」



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