クリスマスの浮かれた空気が好き。
 町中キラキラ光って、至るところにツリーがあって、可愛いオーナメントがぶら下がっている。道行く人々はちょっとだけうんざりしたような顔。でも浮かれた世界につられて笑顔になっちゃってる。キリスト教徒でもないのにクリスマスに浮かれている、そんな日本が好き。

 今年はホワイトクリスマスだから、余計にふわふわしているみたい。

 なぜかわたしより気合いの入っているエマちゃんに朝からコーディネートされ、今日は薄っすらお化粧もされた。
 前に「似合ってねぇ」と大不評だったギャルメイクは封印して、アイカラーとリップ程度にしてもらったけど、それでも落ち着かなくてソワソワしてしまう。ハチ公前で誰かを待っているらしい女の子や男の子たちも、わたしと同じようにソワソワしているのかな。
 いや、彼らの場合はデートすることにソワソワするのかな。
 わたしのソワソワはマイキーとお出かけすることに対してではなく、慣れない化粧をしたことに対してだから、一緒にしたら失礼かもしれない。ごめんなさい。

「お待たせ」

 ひょこっとマイキーが後ろから顔を出した。
 朝から雪が降っているというのに、傘を差す気が微塵もないようだ。いちおうジャケットのフードはかぶっているけど。マイキーも入るように傘を傾けると、遠慮なしに距離を詰めてきた。

「ゴメン。ケンチンが全然出発させてくんなくて」
「どうしたの、ドラケンくん。何かあったの?」
「や、なんか知らないけどオレの服決めるのに散々迷ってた」

 そっちもか‥‥‥。
 昨日三ツ谷くんから《明日頑張れよ!!》なんてメールもきた。心配されてるんだなぁ、わたしたち。

 ちなみにマイキーのこと好きなんだなって納得はしたけど、改めて会っても、少女マンガみたいに顔を見るだけでドキドキするとかは一切なかった。見慣れすぎてしまっている。

「寒いしどっか入ろ」
「うん。‥‥‥今日なにするか決めてる?」
「全然。ケンチンには『映画、カラオケ、ゲーセン、ボウリング』って色々言われたけど、そんなん別に今日じゃなくてもいいし」

 そうだよね。
 別にクリスマスイブだからわざわざデートしなくても、わたしたちわりと頻繁に会ってるもんね。改めてデートって言ったって何が変わるわけでもない。

「あきどっか行きたいとこある?」
「じゃあ、ドラケンくんの映画を採用しよう。でね、道玄坂に美味しいハンバーグ屋さんができたんだって! お昼そこがいい!」
「さんせー」


第三章
Fly Me To The Moon;06




 またタイミングのいいことに、真一郎くんの好きだったヤンキーマンガの実写映画をしていたから、二人即決でそれを観ることにした。
 飲み物とポップコーンを買って、クリスマスだというのにムードもへったくれもないヤンキー映画。心なしか空席が多いような気がするのは致し方ないことかもしれない。
 恋愛ものもあるにはあったけど、マイキーが楽しめるとは思えないし。
 歴史ものとミステリーはマイキーが確実に寝るし。

 映画が終わったら、噂のハンバーグ屋さんに向かった。
 いい具合にお昼を過ぎた時間だったので、待ち時間もなく通される。中学生のわたしたちにも良心的なお値段で、しかも美味しかった。今度エマちゃんを誘おう。

 お昼ごはんのあとは本屋さんに立ち寄って、わたしは文房具コーナーでノートを買い、マイキーはバイク雑誌を立ち読み。横からちょこっと覗いてみたけど、わたしは基本的にみんなの乗っているバイクしかわからないので、見たってさっぱりだった。
 マイキーはバイクを触るのが好きだ。
 将来は真一郎くんみたいにバイク屋さんをしたいのかな、なんて勝手に想像している。S・S・モータースの閉店以降、空き店舗になっているあのお店を継げたらいいのにな。

 しばらくショッピングセンターをふらふらしたあとで、喫茶店に入って休憩。
 パフェを頼んで、半分コしながらまったりとお喋りをした。

「そういえばあき、今日化粧してんの」
「あ、うん。エマちゃんが朝から来てくれて」
「そっちもかー。なんで周りのほうが楽しんでんだか」

 似合ってるとか似合ってないとかの話では、なかった。ちょっとドキドキしたけど、マイキーは呆れたようにスプーンでシリアルを掬っただけだった。
 そういえば、化粧、どうなってるんだろう。
 直すほどのことはしていないから大丈夫だろうけど、リップくらいは塗り直そうかな。
 普段化粧っ気がないと、こういうときにどうすればいいか解らなくて困ってしまう。エマちゃんにもっと聞いておけばよかった。

「ちょっとお手洗い行くね。パフェ最後まで食べちゃっていいよ」
「わかった」

 お手洗いに入ってぼんやりと鏡を見つめる。

 ‥‥‥うーん、いつも通りだなぁ。
 大体、周りが盛り上がっているからって別にこっちが変わる必要ないよね。わたしはマイキーのそばから離れるつもりはないんだし、マイキーの女扱いも相変わらずだし、今更どうこうしなくてもいいんじゃないかな。
 わたし、この距離でもいい。
 だってじゅうぶん大切にされてる。

 瞼の上のキラキラが目の下に落ちてきているのが気になって、お水で濡らした指で拭った。ショルダーバッグからハンカチを取り出そうとしたところで、あれ、と違和感に気づく。
 ない。
 ハンカチがない。
 映画を観る前にお手洗いに行ったときはあったはずだ。観ている最中、飲み物の滴が気になったときもあった。
 それ以降は。

 さぁっと血の気が引いていくのがわかった。


「圭ちゃんの‥‥‥プレゼントなのに」


 慌ててペーパータオルで手を拭いてお手洗いを出る。きれいにパフェを食べ終わったマイキーのもとまで戻ると、彼は「ん」と首を傾げた。

「マイキー。ごめん、あの、あのね」
「なに、どうかした?」
「映画館まで戻りたい」
「いーよ。どしたの」

 まさかマイキーが「え、めんどい」なんて言うと思っていたわけではないのだけど、あまりに返事があっさりしていたから逆に驚いた。

「‥‥‥いいの?」
「え、逆になんで悪いの」
「わ、悪くない‥‥‥。ハンカチがね、カバンのなかになくて、圭ちゃんに誕生日にもらったプレゼントだったの。映画館では確かにあったのに」
「わかったわかった。行こ」

 ここに来るまでに通った道をざっくり見渡しながら、映画館まで戻る。カウンターに問い合わせたけれど、上映直後の清掃時には落し物は見つからなかったらしい。いまはまだ上映中だから、これが終わったらもう一度席の辺りを探してもらうことになった。

 圭ちゃんにもらった最後の誕生日プレゼント。
 もう二度と、もらえないのに。

 言葉もなく立ち尽くすわたしの両目に涙が滲むと、マイキーは困ったように眉を下げて、ぎゅっと手をつないだ。

「あき、もっかい捜してみよ」

 情けなくて悲しくて、こくこくうなずくことしかできない。一応仮にもデートなのに、他の男の子からもらったプレゼントを持ってきて、失くして、泣くとか、これが圭ちゃんじゃなかったらさすがのマイキーも怒ったかも。わたしのばか。本当にばか。救いようのないばか。
 マイキーはもう一度、映画を観たあとに辿った道のりをゆっくりと歩いてくれた。
 ハンカチがないことに気づいた喫茶店まで戻ってきたけど、どこにも落ちていない。

 結局、そろそろ家に帰らないといけない時間になってしまった。

「ごめんね。せっかくお出かけなのに」
「いーよ。なんか予定あったわけじゃないんだし」
「うん‥‥‥」

 朝から降り続いた雪で、渋谷の街は真っ白に染まっていた。

 空は薄暗くなり、イルミネーションが点灯しはじめている。はらはらと舞い落ちる雪が光をあつめて、普段よりずっと明るく見えた。
 なにやってんだろ。
 せっかくイブの時間をマイキーがくれたのに、大事なハンカチを落として、落ち込んで、マイキーに迷惑かけて。エマちゃんもドラケンくんも協力してくれて、三ツ谷くんにもたくさんお世話になったのに。



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