新年明けて一発目の集会、わたしは半年ぶりに東京卍會の“法”として機能した。


「あー。あきチャンじゃん。おひさ」
「みんな久しぶりー。元気だった?」

 集会前の集合場所には、隊員以外のギャラリーもけっこういたりする。
 東京卍會に入りたいという隊員の後輩たち、または暴走族を見に来たという女の子や、隊員の彼女も何人か。女の子たちは見た目からしてバリバリのギャルだったり女ヤンキーだったりするけれど、わたしは“マイキーの彼女”ということで、みんな仲良くしてくれる。

「なんで最近来なかったの? なんかあったのー?」
「ううん、マイキーたちの心配性が発動してた」
「「あ〜〜」」

 ぽん、と代わる代わる肩を叩かれた。なにかを察されている……。
 のほほん女子だろうがギャルだろうがヤンキーだろうが、女子が数人集まれば話題は自然と恋バナになっていくものだ。彼女たちの恋愛トークは、基本のほほん地味グループに所属しているわたしよりもだいぶ進んでいる。

「で、あきチャンはクリスマスどーだったのさ」
「イブにマイキーとお出かけしたよ。映画観て、道玄坂のハンバーグ屋さんに行って。めちゃくちゃ美味しかったよ!」
「出かけただけ? 泊まりは!?」

 イブは普通に家に送ってもらったのだけど、以前ドラケンくんに「あんま詳しく話さずにニコって笑っときゃいーから」と言われたことがあるので、ニコッと笑っておいた。
 本当につきあっているわけではなかった頃、詳細を突っ込まれたら困るので使っていた手法である。笑顔で誤魔化したらみんな勝手に盛り上がってくれてしまうのだ。

「プレゼント何もらったんだよ〜言えよ〜」
「ペンダントもらったよ。今つけてるやつ」
「あきチャン何あげたの? プレゼントはワタシ的な?」
「三ツ谷くんに教えてもらって、マフラー編んだ。さっきまでマイキーが巻いてたやつ」
「手編みかよ!! スゲーな!!」
「なんだワタシじゃねーのか。今度リボン巻いて夜這いしてみれば?」
「マイキー夜は一度寝たら起きないから夜這いは無理かな……」

 ていうか、佐野家に夜這いってなんかシュール。
 そんな具合にほのぼのと恋バナをしていると、「あき!」とマイキーの声が聞こえた。

「始めるよ。おいで」
「お。ダンナが呼んでる」
「いってらっしゃーい!」
「うん、いってきます。みんなあんまり遅くならないうちに帰りなよ、寒いし」
「「ハイハイ」」


第三章
My Foolish Heart;02




 その日の集会の議題は三点。

 一点目はクリスマス決戦のことだ。差し障りのない事情だけをドラケンくんが簡潔に説明したあと、聖夜の抗争の火種となった八戒くんがみんなの前で頭を下げ、そして受け入れられた。一度は東卍を抜けて黒龍に入った八戒くんだけど、これで完全に戻ってきたことになる。
 二点目は、当の黒龍が東卍の傘下に降ることとなった話。タケミっちの壱番隊預かりとなるらしい。主要幹部だった乾・九井両名の紹介があった。

 そして三点目───


「稀咲鉄太。オマエを除名にする」




 クリスマス決戦に当たって、八戒くんを止めるために壱番隊が手を組んだ稀咲と半間は、二人を裏切ったうえ柚葉ちゃんに刃物を渡して大寿くん殺害を唆した。
 どういう目的があったにせよ性質が悪い。マイキーが稀咲をクビにしたことで元愛美愛主のメンバーも脱退が決定、半間も陸番隊ごと東卍を抜けることになった。

 そもそも東卍はデカくなりすぎた──マイキーの零したこの一言に、ここ半年弱の激動と後悔のすべてが詰まっている。

 初めて直接顔を合わせた稀咲鉄太は、思っていたより小柄で、ケンカも強くはなさそうで、怖くなかった。

「あき」

 振り返ると、マイキーにつれられて、黒龍の二人が近づいてきている。

 集会の間、わたしは隊員たちから見えない手水舎の柱の根元にしゃがみ込んで、流れをじっと見つめていた。
 コートやセーターを色々着込んできたけど、寒いものは寒い。男の子たちはどうしてあんな特攻服一枚で平然としているのだろう。瘦せ我慢だろうか。集会が終わってからは参道の階段の隅っこに腰を下ろし、カイロで指先を温めながら、解散していく隊員たちを見送っていた。

「黒龍の乾と九井」

 金髪で無表情、顔に残る大きな痕が痛々しいのが乾。
 対照的に黒髪で、薄い笑みを浮かべているほうが九井。
 十代目黒龍の特色でもあった、洗練されたデザインの白い特攻服に黒い革手袋。二人は黒龍十一代目を継ぎ、そのうえでさらに東卍壱番隊に所属することとなる。

 乾くんはわたしを見て、戸惑いの表情を浮かべた。

「‥‥‥あんたは」
「乾くんは、夏に一度会いましたね。改めて、はじめまして。成瀬あきです」

 ──真一郎くんのお墓の前で会った彼だと、遠目に見た瞬間にわかった。
 東卍が潰した当時の九代目黒龍はかなりたちの悪いチームで、あくどいことも平気でやるような人たちだった。十代目からはそういう感じはなかった代わりに、お金と暴力という他と少し毛色の違う不気味さがあった。
 そんな世代の人たちだからもっと怖いのかと思っていたけど、真一郎くんのお墓参りをしてくれるような乾くんなら、根っから悪人であるはずがない。

「‥‥‥彼女が、総長の?」
「そ。いじめんなよ」

 困ったように訊ねた乾くんに、マイキーが真面目な顔でうなずいた。

「どう、あき」
「うん、いいんじゃないかなぁ。タケミっちは気づいたら不憫な目に遭っていたりトラブルに首を突っ込んだりする子だけど、真っ直ぐないい子なので、年上の二人でどうか助けてあげてください」

 再びぺこりと頭を下げると、二人はまた瞬きをしながら顔を見合わせる。

「なんか思ってたのと違うな。不良ではないらしいとは聞いてたけど」

 九井くんが居心地悪そうに身じろいだ。
 暴走族の総長の彼女というと普通はそれなりに派手な外見をしていることが多いみたいだから、その感想も無理はない。

「ちなみにあき、クリスマスの教会で三ツ谷の頭、後ろからぶん殴ったのは乾ね」

 わたしはマイキーを見た。
 クリスマスの抗争の顛末をわたしが聞いたのは翌日のことだ。その足で三ツ谷くんのお見舞いに行ったら、彼は頭に包帯を巻いていた。柴大寿と一対一でケンカしていたところ背後から現れた隊員にやられたのだ、と。

「へえ」

 思いきり振りかぶった右手は、ばちんっ、と勢いよく乾くんの頬を打ち抜いた。

「あきちゃんっ!?」

 ぎょっと目を剥いて叫んだのは三ツ谷くんだった。
 叩かれた本人は無言で顔の位置を戻してわたしを見下ろし、隣の九井くんは楽しそうに「いいビンタだ」と感想を洩らしている。

「別のチームだった頃の闘い方にはもう何も言わないけど、東卍では武器持って後ろから不意打ちなんてダサいこと、しないでね」
「‥‥‥ああ。従う」

 ぺこ、と乾くんが僅かに頭を垂れた。
 二人のあまりに大人しい反応にちょっと罪悪感が込み上げてくる。ここで逆上して殴りかかられても困るけど、もう少し怒ったりするかもと思っていたのに。

「‥‥‥叩かれてくれてありがとう」

 多分、ヒナちゃんのビンタを避けもしなかったマイキーと同じ、その気になればわたしの腕なんて掴んで止められたし一歩下がれば避けられたのに、乾くんは敢えてしなかった。
 ヒリヒリする右手をぎゅっと握りしめた。慣れないことはするものじゃないな。
 顔合わせを終えて、マイキーは次にぺーやんのところに向かった。稀咲が除名になったため、新たな参番隊の隊長を決めなければならないのだ。

 赤くなった右手をさすりながら、再び参道の階段に腰掛けると、隣にピタリと座ってきたのは肆番隊のソウヤくんだった。

「あきちゃんよかったね!」
「‥‥‥えっ何が!?」

 すると一段上にどかりと座り込んだナホくんが、後ろからわたしとソウヤくんの間に顔を出して肩を抱く。ちょっとあったかい。

「ようやくマイキーとくっついたんだろ?」
「正月のときの二人、全然違ったもんね!」
「えっ待ってそんなわかりやすい!?」
「マイキーの言動がかなりわかりやすいのとよぉ、あきちゃんは顔に出すぎだな」
「あきちゃん、なんだか可愛くなったよ」

 ヒィ、と頭を抱えた。恥ずかしすぎる。
 いや、この双子は創設メン以外で『ということになっている』のを察していた数少ない人たちなので、余計に気づきやすかったのかもしれない。
 声にならない悲鳴を上げるわたしに、双子は悪魔みたいな笑顔を絶やさず遊んでいる。

「お、メッチャ視線刺さるな〜マイキーでも嫉妬すんだな〜」
「ドッキドキだね! なんかオレまで照れちゃう」

 やめて!!!
 わたしまでマイキーのじとりとした視線を感じ始めた頃、見かねたドラケンくんが呆れ顔で「おいそこの双子〜総長のヨメで遊ぶな〜」と蹴りにきてくれて、ようやくわたしは双悪の戯れから解放されたのだった。



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