星の剥片の墓標 03.5(ちびリベの話)


「ゴメン」

 両手を腰の後ろで組んだまま、ぺーやんは直角に頭を下げた。
 よりによってパーちんを苦しめた張本人たちと手を組んで、私怨から副総長を的にかけた参番隊副隊長は、その体勢のまま起き上がる気配もなかった。


ぺーやんと夏休み最終日




 夏休み最終日。
 ぺーやんに呼び出されてやってきた公園に並ぶ桜の木の下で、わたしたちは静かに向かい合っている。
 彼は頭を下げたまま、わたしはその後ろ頭を見下ろしたまま、蟀谷に浮かんだ汗が玉になって顎を伝うまで、何も喋らなかった。ぽた、と地面に汗が垂れたのはぺーやんが先だった。わたしは顎の先に溜まったしずくをシャツの襟で拭った。

 木々に張りついた蝉たちが、これで最期とばかりに鳴き競う。
 夏の象徴のような青い空も、白い入道雲も、灰色の渋谷の街並みを歪める陽射しも、そろそろ見納めだ。

 わたしは直接の被害を受けていないけれど、慌ただしくもせつない夏だった。

「‥‥‥ゴメンって、なにが?」

 長い沈黙の果てに口を開くと、ぺーやんは肩をぴくりと震わせる。

「敵と手ぇ組んで、汚ねぇ手使ってドラケン嵌めた。ドラケンのことも、マイキーのことも信じなかった。結果的に東卍を混乱させてみんなに迷惑かけちまった」

 何をしていなくても常にドスがきいていた声は、どこかしょげているように聞こえた。
 ドラケンくんに始まり、八・三抗争で迷惑をかけたみんなにぺーやんが頭を下げて回っているということは、入院していた一番の被害者から聞いている。そのうちあきちゃんトコにも来るんじゃねーかな、と彼は笑っていた。わたしは別に被害受けてないけど、と首を傾げると窓の外に視線をやって、「んなワケあるか。“法”に対する裏切りだろ」

「パーちんがいつも言ってた」
「‥‥‥‥」
「迷ったときはあきちゃんの顔を思い浮かべるって。場地とマイキーが、東卍できたときにそう決めたって。それなのにオレ、あのとき全然そんなこと思いつきもしなかった」
「‥‥‥そっか」
「あきちゃんがどんな気持ちになるかなんて、」
「ぺーやん」

 ぺーやんの肩に、ぺたりと手を置く。顔上げてよ。と促すと、彼は恐る恐るといったふうに頭を上げて、しょぼんとした表情でわたしを見下ろした。

 右手を軽ぅく振りかぶって、ぺち、とぺーやんの頬っぺたを叩く。

「パーちんはさ。逃げるんじゃなくてその場に残って自首するって、自分で択んだんだよね」
「‥‥‥ああ」
「あのね、大前提として刃物はだめだよ。長内も、ドラケンくんも、今回はたまたま命が助かったっていうだけで下手したら死んでた。お祭り騒ぎのケンカをしてるみんなは好きだけど、わたしは誰にも死んでほしくないし、殺してほしくない。だから、刃物はだめ。卑怯な手もいけない。それがわたしたちの大前提」
「ああ、」
「だけどさ」


 ──刃物はだめ、なんて。
 本当はわたしにそんなこと言う資格ないんだけど。


 ああでも、許されなくても、らしくなくても、刃を手にしなければならないと思うほど追い詰められたパーちんの気持ちは、ほんのちょっと解るかもしれない。
 二年前、マイキーが電話越しに気づいてくれなかったら、先に人を刺していたのはわたしだった。

「ナイフはだめ、なんだけどさ。お友だちや、その家族や彼女のためにそこまで頑張れちゃうパーちんって、最高にカッコいいよね」

 ぺーやんの両目に涙が浮かぶ。
 オウ、とうなずいて目元をごしごし拭う彼の頭を撫で回した。全く東卍の男の子たちは、普段ツッパって元気よく罵り合ってケンカするくせに、大事な誰かを想ってすぐ泣いちゃうんだから。

「もー泣くなよぅぺーやん」
「な、泣いてねーし」
「泣いてるし。‥‥‥パーちん出てきたら、いっぱいお祝いしよーね」
「おう。‥‥‥あんがと」




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