世界は書き換えられる日を待っている
フィリピン、マニラ。
噎せ込んでしまいそうな灰色の空の下、ぶっ壊れた天井の下に大量のスクラップ。十二年前のつい先日、彼と「いつか行きたいですね」と話したばかりのこの場所で、立膝に頬杖をついたマイキーは穏やかに笑った。
「泣き虫は相変わらずか?」
X戦線異状なし
武道の涙が落ち着くのをじっと待っていたマイキーを見て、最優先の用事を思い出した。色々と積もる話はあるけれど、まずはあきの手紙を渡すのが先だ。
「あのオレ、ここに来る前にあきちゃんの家に行ってきたんです」
「‥‥‥‥」
「マイキーくん、憶えてますよね、あきちゃんのこと」
スクラップの山に腰掛けていたマイキーは「忘れると思う?」と首を傾げた。それは、そうか。物心ついた頃からの幼なじみで、彼女で、ずっと一緒にいた女の子のことを忘れられるはずがない。
そんな切り返しにも十二年前の面影を見て、武道はリュックから取り出した一枚の封筒を渡した。
「オレからマイキーくんに渡してほしいって遺言だったみたいで」
「‥‥‥あきママ、元気だった?」
「あ、ハイ」
マイキーはぴりぴりと丁寧に封を切ると、その場で手紙を開いた。
じ、と文面を見下ろしている。こちらからは当然なんと書いてあるかは読めない。
もしかしたら手紙の内容が、過去を変えるヒントになるかもしれない。ナオトはなりふり構わず読むべきだと主張した。自分もそうしたかったけれど、やっぱり最初に封を切るのはマイキーであるべきだ。
「ウン、わかった」
彼は手紙に相槌を打った。
「あきは悪くない」
彼女への返事だ。
「‥‥‥オレもだよ」
そして、柔らかい笑みを浮かべる。
過去何度も見てきた無邪気な笑顔とも穏やかな微笑みとも違う、ただひたすらに愛しいものを見るような──慈しむような。
その様子だけで理解できた。二人は仲違いしたわけではないのだ。あきは何かに対して激しく憤り、怒って、後悔して、嘆いていた。だけどそれはマイキーに対してではない。
きっと手紙の内容は、マイキーの心をあたためるような、優しいものだったに違いない。
マイキーは手紙を丁寧に折り畳み、封筒に入れ直し、ズボンのポッケに入れて立ち上がる。自分に対する手紙と較べると、マイキーが手紙に目を通した時間が短すぎるということには、そのときは気づかなかった。
「オレもだよ」というからには、大好きとか愛してるとかそんなことが書いてあったのかな。そう思って場違いにも心が浮き立ったほどだった。
「ここにわざわざ呼んだのは、頼みがあってね───」
Love Letter;第四戦線 X
重たい亡骸を抱きしめて泣く武道の横で、ナオトが地面に落ちた一通の手紙を手に取った。
無言で目を通し、武道にも見えるように差し出す。
武道に宛てた丁寧なものとは対照的に、たった三文。
万次郎
先に地獄で待ってるからすぐ会いにきて。
殺せなくてごめんね。
愛してる。