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41.5 クリス先輩と


「クリス先輩っ」

 二年B組の教室に顔を出すと、周りの人がざわついたのを感じた。
 わたしの存在に慣れ始めた一年とは違って、二年のクラスには貴子先輩に用事がある時以外は滅多に来ないから、高嶺の花子さんが珍しいんだろう。まあ仕方のないことだと思えるようになってきたし、わたしもだいぶ慣れてきた。
 訪ねた張本人はわたしを見て驚いたような表情になり、席を立って教室の入り口まで来てくれる。

「……どうした、天乃」
「あの、前々からお願いしたかったことがあるんですけど、タイミングを掴めず」

 秋大会で一緒に偵察へ向かうことが多かったクリス先輩とは、実のところ最初は緊張していたものの、ここ最近はだいぶお話できるようになっていた。
 とはいえ先輩は練習も早めに上がってリハビリへ行ってしまうので、業務に追われているといつの間にか帰ってしまっていて、なかなかつかまえることができなかったのだ。となればもう教室に突撃するしかない。

「クリス先輩のお時間の空いている時があればでいいんですが、ストレッチとか柔軟の方法を教えて頂ければと思って……」
「……ふむ」

 わたしのお願いを聞いて一瞬目を丸くしたクリス先輩は、顎に手を当てて唸る。
 先輩の時間の空いている時といっても、基本彼が病院から帰ってくるのはマネージャーが上がったあとだ。難しいだろうなと思いつつ返事を待っていると、「では」と彼が顔を上げる。

「週に一度。早めに帰ってくるようにするから、その時に」
「!」

 思わず顔色が明るくなってしまった。
 すると先輩はじっとわたしの顔を見つめて、右手を差し伸べてくる。なんだろうと首を傾げると、ぽん、と頭の上にそれが置かれた。

「…………」

 わしわし、と撫でられる。
 一也の一番尊敬する捕手だ。そんな人の大きな掌に撫でられて恥ずかしいやら嬉しいやら、ぱちぱち瞬いて固まってしまった。
 クリス先輩はそのまま何度かわたしの頭をぽんぽんと叩いて、ちょっと乱れた髪の毛を梳いて整えると、きびすを返して教室へ戻っていく。あとには嬉し恥ずかし頬を染めて呆然とするわたしが残され、なんともいえない微笑ましい空気が二年の廊下に漂っていた。

(かわいかったんだな……)
(可愛かったんだな、滝川くん)
(いいなあ、滝川くん)

41.5 クリス先輩とわんこ一号