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「これは事件だよ」

 食堂に集まってなにやらざわついている同期を見つけて、わたしは首を傾げながらふらふらと近づいた。

「どうしたの、ノリくん。御幸の眼鏡なんて持って」
「ハッ……やっぱりこれ御幸の眼鏡なんだ」

 同期たちの中心にはノリくんがいて、その周りを倉持、ゾノくんとナベくんと健二郎さんが取り囲んでいる。
 チームの中でも発言権の強い面々が集まっているので、周りで眺める一年生は「なにかあったんだろうか」「事件って言ってたな」と不安がっていた。
 でもノリくんが一也の眼鏡を持っているあたり、多分くだらない事件だ。

「お前……御幸の素顔見たことあるか?」

 ほら。
 ものすごく神妙な顔で倉持が切り出すけれど、内容がものすごくどうでもいい。

 いい加減扱いに慣れてきた同期たちに溜め息をつきながら、呆れ半ばでうなずく。

「あるよ。何年一緒にいると思ってるの」
「御幸って眼鏡外すの!?」
「あのねぇ。御幸だって生まれたときから眼鏡してたわけじゃないんだから」
「でもアイツ、眼鏡してるかスポサンしてるかアイマスクしてるかの姿しか見せへんやろ。風呂にも眼鏡かけて入るし、同室の木村さえ見たことないって言うとったで!」
「まあお風呂は転んだら危ないからね。アイマスクも、わたしがそうしろって言ったから」

 がやがやヒートアップして会話の内容がダダ漏れになったので、一年生たちが「あ……事件ってそういう」「御幸先輩の素顔ね……」と平和な雰囲気になっていった。

「そうなの?」

 首を傾げたナベくんに「うん」とうなずいて、ノリくんの手から眼鏡を取り上げる。
 ああ、普段眼鏡をしない人たちが扱ったせいで指紋が。かわいそうに。

「あの人の寝起き、やばいよ」
「や……やばい……?」
「低血圧で機嫌悪いとか?」
「殺し屋みたいな顔してるとか?」

「っていうよりは、ちょっと寝惚けてうるうるしてとろんとしてる。子どもの頃は何回か寝起きに心臓止められたと思った」

「御幸の可愛いエピソードはどーでもいーんだよふざけんな!!」
「痛い痛い痛い倉持痛いっ」
「倉持ー! 仮にも女の子に関節技はだめだー!」

 危うく腕ひしぎを極められそうになって、ナベくんの助けを得て命からがら逃げだすと、食堂の入口で呆れたような顔になっている当の一也を見つけた。
 まだ練習着姿で、スポサンをかけている。

「……何やってんだお前ら」
「あっ、寝起きがやばい御幸だ」
「寝惚けてとろんとしてるキャプテンだ」
「なんだ素顔拝めると思ったのにスポサンしてんじゃねーか」
「ほんっとお前なんの話したの!?」

 すぱーんと容赦なく一也に頭を叩かれた。

「違うったら、話の途中で倉持が襲い掛かってきたから」
「誤解を招く言い方をするな!!」
「子どもの頃の御幸は寝起きが天使だったから、わたしとのお泊りの時はアイマスクして寝るようにお願いしたの。そしたらその快適さにはまって、この人が勝手に手放さなくなったんだってば」

 一也の後ろに隠れて最後まできちんと説明すると、ノリくんは「アイマスクってそんなにいいんだ」と感心したように話を聞いている。
 感心するところがちょっとずれているノリくんが可愛い。

「じゃあ今も、二人で寝ててもアイマスクするの?」
「二人で寝るとき……どうだろう?」
「してたっけ?」

 そういえば最近一也の寝顔なんて見てないな、と二人して首を傾げたところで、癇癪を起こした倉持が「だあああ!」とテーブルを叩いた。

「寮生活してんだからお前ら二人で寝る機会があるわけねーだろ! バカか!!」
「「あ」」

 すっかりわたしと御幸の保護者的ポジションを確立してしまった倉持の言葉に、二人で顔を見合わせる。
 その様子を眺めていた一年生たちが「二人で寝ることになんの疑問も抱いていない……」「そこに恥じらいはないんだな……」と、わたしたちの関係性を学習していた。



「……ふふ」

 半年ほど前のそんな出来事を思い出してちょっと微笑むと、隣でごそごそと起き出したその人が「なに笑ってんの?」と小さな欠伸をした。
 少しだけ潤んだ双眸が、とろりとした眠気を乗せてわたしを見つめる。

 テスト週間で午後練がオフになったのだけれど、寮や食堂だと沢村くんたちが寄ってくるからと、一也はうちに逃げ込んできたのだ。最初は集中していたものの、途中でどうしようもなく眠くなったので、二人でお昼寝タイムを決め込んだ。

「……今、何時?」
「今ね、五時回ったくらい」

 おかあさんに似て美人な目元をしている彼なので、目力が半端ない。

 起き抜けにぼんやりとしている一也の頭を撫でてやると、半分寝ている彼は気持ち良さそうに目を閉じた。ああどうしよう、こんなに図体がでかいのに、この子は天使なのかしら……。

 ――と、まったりしていると、突然インターホンが連打された。

 二人して飛び起きる。けたたましい呼び出し音を発している方へ近寄って、カメラの画面を呼び出すと、ゾノくんのどアップが映った。
 通話ボタンを押すと、みんながぎゃーぎゃー騒いでいる声が聞こえてくる。同期だけでなく沢村くんやら降谷くんやらもいるみたいだった。

「うっわ。何で来るんだよこいつら……せっかく静かに勉強してたのに」
「お昼寝してたけどね。ほら、眼鏡しておいで」
「もー……あれ、俺どこ置いたっけ……眼鏡めがね……」

 とぼとぼとベッドの方へ戻っていった彼の後ろ姿に苦笑しながら、いまだやかましい大事なチームメイトたちを叱りつけるべく、わたしはサンダルを引っかけて部屋を出た。

***

「残念だったねー御幸さっきまで裸眼だったのに!」「マジっすか! キャップの貴重な素顔!?」(裸眼……)(素顔……)(てことはこいつら寝てたなさっきまで)(ほんとに二人で寝るんだ……)

***

2018/02/01〜2018/03/31 拍手御礼文でした。二年秋→三年春頃のお話です。