■ ■ ■

「寒い」
「寒いね〜」

 ガタガタ震えるかずくんにぴったりと寄り添うものの、吹き荒ぶ冷たい風はわたしたちに容赦なく叩きつける。

 十二月。
 かずくんのおかあさんの三回忌をお寺で終え、今はお墓参りに繰り出すところだ。

 もこもこのダウンジャケットに身を包み、マフラーに顔半分を埋めたかずくんが、鼻の頭を赤くさせて唸る。
 一方わたしももこもこのダウンジャケットを着込み、おじさんがプレゼントしてくれたかずくんと色違いのマフラーを鼻の下まで引き上げた。ちらっとこちらを振り返った母が「ぷふっ」と吹き出す。

「……なに、お母さん」
「いやいや。そうしてるとあんたら、双子ちゃんみたいよね」
「だって、かずくん」
「寒い……」
「……寒いね〜」

 下町育ちの江戸っ子のかずくんは、どうやら寒さに弱いらしい。
 昔から気温が下がり出すと熱を出すことが多かった。おかあさんが亡くなってからも冬になるとたまに寝込むので、わたしも母も目が離せない。

 お寺の境内にある御幸家のお墓に辿りつき、お坊さんのお経が冬の曇天に消えていくのをなんとなしに聞きながら、おじさんから順番にお線香を上げていく。細い煙が立ち上るのを目で追うと、ふっと白いものが視界に舞った。

「雪だ。……どうりで寒いわけだね」
「マジかよ〜勘弁してくれよ」

 お墓に向かって合掌しながら眉を寄せたかずくんについつい笑みが漏れてしまう。
 二人一緒に手を合わせて目を閉じた。
 風に晒された指先が凍りついてしまいそうだったので、きちんと拝む間もなく二人して目を開け、ポケットに手を突っ込む。寒い寒いと小声で呟きながら、肩と肩をくっつけてぴったり寄り添った。

 おしくらまんじゅうよろしく、くっついて暖をとるわたしたちを見たおじさんが、珍しく目元を緩めていたのをよく憶えている。



「雪だ……」

 白いものが空からはらはら舞い降りてきた。
 反射的に口から零れた言葉に、隣にいた健二郎さんが空を仰ぐ。「本当だ」と彼がうなずいたその後ろで、身を竦めながら歩いていた一也が「うへぇ」と情けない声を上げた。
 相も変わらず、下町育ちの江戸っ子の一也は寒いのが苦手。

 十二月。
 すっかり日の暮れた帰り道、いつもの二人にコンビニへ用がある健二郎さんを加え、三人でゆっくりと歩いている。

 ぱちりと瞬いて、雪の舞う夜空を見上げた。
 白い息が後ろへ流れていく。
 一也のおかあさんの命日は平日だ。秋大での一也の怪我をわたしから知らされたおじさんに、《無理して帰ってこなくていいから、大人しくさせておいて》と釘を刺されているので、今年は帰省しない方針になっている。

 健二郎さんに名前を呼ばれたので、顔をそちらへ傾けた。
 すると彼はちょっと頬を染めて「まつげに」と苦笑いする。

「睫毛に、雪がのってる」
「ほんと? すごい。御幸、見て見て、今ならマッチ棒も乗る気がする」
「乗るかバーカ。……寒ぃ〜」

 一也が着ているのはもこもこのダウンジャケットだけど、わたしが着ているのはダッフルコート。
 マフラーも、もう色違いじゃない。
 きっともう双子ちゃんには見えないのだろうけれど、寒い時にくっついてしまうのは変わらない。ぴったり身を寄せ合うと、三回忌の時は同じ高さに顔があったのに、今はもう一也の肩に頭を預ける格好になる。

「かあさんの三回忌の時もこんなことしてて親父に笑われた」
「あ、憶えてるの? お母さんに『双子ちゃん』って言われたよね」
「もういい加減双子はキッツイよな〜」
「あの頃は御幸が小さくてお目目くりくりで可愛かったから」
「うるせー」

 体重を預け合って暖をとるわたしたちを、健二郎さんが微笑ましげに眺めてくるので、彼の腕をとって引き寄せた。

「うわっ」
「健二郎さんも寒いでしょ。ひっついて歩こ?」
「いや、ちょっ……御幸これ……」
「ひっついても寒いもんは寒いだろーが。あ〜寒い」
「心がぽかぽかするからいいの。ほら御幸も腕貸して」
「恥ずかしいことを恥ずかしげもなくお前は全く……寒ぃし、歩きにきぃ」

 文句たらたらの一也と、腕を組むのが恥ずかしいらしい健二郎さん、大きな高校生球児を二人侍らせて初雪の中を歩く。
 白い息を吐きながら夜空を見上げると、傍らの一也が冷え切った指先で目元に触れてきた。びっくりしてぱちぱち瞬きをするわたしのことを、彼は優しげに目を細めて見下ろしてくる。

「……ん?」
「……白州これわかる? 無防備冬バージョン」
「さすが性質悪いな……」
「健二郎さん!?」

 来年の初雪を、わたしは誰と見るのかな。
 一也のおかあさんの十三回忌の時も、こうして彼と寄り添って暖を取っているのかな。
 その時隣にいるのが一也でも、もしかして誰か別の人だったとしても、どうかこの幼なじみが、変わらない笑顔でいてくれたらいいな。

***

2017/12/06〜2018/01/31 拍手御礼文でした