市丸隊長お勧めの美味しい甘味屋さんにて会議を重ねること数回、ようやくこの日がやってきた。
 三・十一番隊合同演習試合。

 三番隊の敷地内の広場にて催される演習は、各隊の隊士や、招待に応えてくれた各隊の隊長格数名が見学している。

 企画の段階では十名ずつの勝ち抜き戦となっていたが、これだと時間がかかりすぎてしまうため一組ずつの試合の勝ち星で勝敗を競うこととなった。そうなると五対五で引き分けの可能性が出てきたので、出場人数も九名へ変更されている。
 その九名の顔ぶれは基本的に上位席官に集中していた。
 ちなみに隊長格は、真面目に死人が出るので参戦しない。
 斬魄刀は使用禁止、代わりに竹光を使用することとする以外は何を駆使してもよい。相手が参りましたと云うか、気絶するか、場外によって負けとする。あくまでも演習、試合であるため怪我は極力控え、死人は絶対に出さないこと。

 審判は一番隊の雀部副隊長に依頼してある。

 鬼道の苦手な――というかさっぱりな――十一番隊は剣技で相手を圧倒した場面もあったが、やはりジリ貧の試合も多く二勝三敗で第五試合を終えた。現在劣勢である。
 残りは弓親くん、一角くん、射場さんにあたしだ。
 行事担当者であるあたしはもともと出場しない予定だったのだが、市丸隊長がしくしくと「ボクあとりちゃんの戦うとるとこ見てみたいわァ」と泣き真似するので、反応に困って出場することにした。

「隊長、隊長」

 弓親くんの試合の前に、退屈そうに寝転がって試合を観戦していた更木隊長のもとを訪れる。
 副隊長に関してはすでに寝ていた。

「今日、三番隊に勝ったら、出場者のみんなで飲み会をしましょう」
「あ?」
「隊長の奢りで。きっとみんなやる気出しますから」
「あー……負けたら明日は一日中打ちっ放し稽古だな」
「伝えておきます」

 所詮試合といえども、自分の属する隊が負けるところは見たくない。試合前の準備運動をしている弓親くんのそばにひょこひょこ寄っていき、飲み会の件を伝えた。

「……ということで、頑張りましょう」
「そうだねぇ、それもいいけど、ボクが勝ったら一つ、お願い聞いてくれないかな」
「は?」

 弓親くんは長い艶やかな黒髪をきゅっと一つにまとめながら振り向く。
 美しいものが好きだという彼のお眼鏡に、あたしの顔面は一応かなっていたらしく、入隊当初から彼の態度は比較的柔らかかった。

「ね、いいでしょ」
「はあ……聞ける範囲のことでしたら」
「約束だよ。じゃあ行ってきまーすっ」

 るんるん気分で陣地内へ駆けて行った弓親くんの背中を見送りながら、彼と仲のいい一角くんを見る。

「お前……アレだ、多分、可愛い感じの着物とか着せられて髪の毛ゴテゴテにやられるぞ、多分」
「えっ」

 弓親くんは無傷で、そして満面の笑顔で帰ってきた。

 次の一角くんは辛勝したが、射場さんがまさかの場外で敗戦。ここまでで四勝四敗。あたしの試合で勝敗を決すこととなった。
 あたしの相手は七席吉良イヅル。
 恋次くんと雛森さんの同期で、四番隊時代の後輩となる。
 彼の斬魄刀とは戦いたくないので、竹光でよかったなぁとしみじみ思った。



「――始め!」

 雀部副隊長の素敵な声が朗々と試合開始を告げる。
 あたしはぺこりと一礼をして、竹光を正眼に構えた。

「十一番隊第三席澤村あとり。参ります」
「三番隊第七席吉良イヅル、参ります!」

 剣戟の重い音が響く。正面から打ち合いを一度、二度、三度としたあたりで竹光を返して勢いをいなし、上手く体重を切り替えて数歩後に下がったイヅルくんと睨み合う。
 十一番隊の人は何が何でも押してくる人ばかりだから、こうしていなすことでバランスを崩さない相手は久しぶりだった。

 たたたと同時に駆け寄って再び切り結ぶ。
 いつも、どこでも、追う者は追われる者よりも必死になる。そういう意味では下級の席官との戦いといえど気は抜けない。ギリギリと鍔迫り合いで刀身が悲鳴を上げるのを聞きながら、あたしはイヅルくんの顔を見た。

「一つ訊いていい?」
「何でしょうか、澤村先輩」
「試合、イヅルくんよりも上位の席官は出てるよね。あたしの相手があなたになったのは何故?」
「ボクがあなたと戦いたいと希望したからです。破道の四・白雷!」

 バッと片手を竹光から離して指を伸ばしたイヅルくんに、あたしも同じ破道を逆回転で放つ。

「――反鬼相殺……!」

 観客からそんなどよめきが聞こえてきた。
 土煙が晴れた先にイヅルくんの姿はない。動じず、半身翻して背後から斬りかかってきた彼の竹光を受け止めた。鍔迫り合いになれば力も体力もないあたしには不利だ。

「破道の三十二・黄火閃」

 僅かに照準をイヅルくんの顔面からずらして霊圧を放つ。間一髪体を逸らして避けた彼の腹に蹴りを叩きこみ、吹っ飛んだところで立て続けに叫んだ。

「破道の三十三・蒼火墜!」
「縛道の四十六・鏡門ッ!!」

 イヅルくんは、鬼道は苦手でないが得意でもない。七席の彼に咄嗟の縛道四十番台の詠唱破棄はまだ早く、未熟なそれはあたしの蒼い炎を防ぎきれなかった。
 怪我をさせたくない思いで少し威力を落としていたから、大怪我にはならなかっただろうが、鏡門は高い音を立てて粉々になった。
 煙の中をゆっくりと歩いて、一所で留まって動かないイヅルくんの霊圧の元へ向かう。地面に倒れている彼の傍らにしゃがみ込んで様子を窺った。

「イヅルくん、意識は――」
「――光もて此れを六つに別つ」

 彼の肩に手をかけたあたしに向かって、イヅルくんの掌が突き出される。
 地面に伏したまま詠唱をしていたのだと気づいた瞬間、あたしは地を蹴って跳び退った。

「縛道の六十一・六条光牢!」
「ッ……!」

 六つの光が胴を貫き、動きが止まった。
 ううん、しまった。やはり試合といえども倒れた敵に情けをかけるべきではなかった。

「澤村先輩。降参してください」
「……そうだなぁ」
「貴女が降参するか、あるいは気絶しないと試合が終わりません。出来るなら貴女を傷つけたくない――四番隊にいた頃からお世話になった超えるべき壁である貴女に、怪我をさせたくて挑んだわけではないんです」

「……自壊せよ、ロンダニーニの黒犬」

 小声で詠唱を始めたあたしに、イヅルくんが片目を眇める。
 竹光を構えた彼があたしにとどめを刺そうと歩いてくるのを眺めながら、運よく体の前側に拘束された右手の指先を彼へ向けた。
 反鬼相殺。同量・同質の霊圧を逆回転にかけてぶつけることで鬼道を無効化する。破道のみならず、縛道にも可能な技だ。幸いというか、六十番台の縛道は、例え詠唱をしていてもイヅルくんのそれは未完成だった。
 先程無言で相殺されたところを見ていたはずなのに、彼はすっかり失念しているみたいだ。

 ビシリ、六条光牢に罅が入る。

「一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい」
「打たせていただきます。澤村先輩!」

 あたしに向かって竹光を振り上げたイヅルくんが叫ぶと同時に、彼の縛道が音を立ててバラバラになった。
 砕け散る光の牢の破片の間から目を丸くする後輩の顔が覗く。

「な――」
「縛道の九・崩輪!」

 指先から流れ出た縄状の霊子が、イヅルくんの足元から這って彼の体を縛り上げた。
 竹光を振り上げた状態で縄に拘束された彼の腹部はがら空きだ。あたしはにっこりと笑って竹光を構えた。

「打たせていただきます。イヅルくん」



 思いきり腹部を竹光で殴打してイヅルくんを場外に転がし、最終試合はあたしの勝利、同時に十一番隊が五勝四敗で勝利となった。
 危なっかしいなと一角くんに文句を云われたものの、勝ちは勝ちだ。正直なところあたしも、あそこでイヅルくんが六条光牢を使って来るとは思わなかったので驚いた。

 そして約束通り、更木隊長は出場者を連れて飲み会に行ってくれた。
 瀞霊廷内の居酒屋で十一番隊御用達らしく、見た目のいかつい更木隊長が来ても、酔った一角くんが腹踊りを始めても、努めて普通にお給仕をしてくれた。プロだ。

「あとりちゃーんっ」
「あ、弓親くん……」

 にんまりと笑う弓親くんがつつつとにじり寄ってきた。何やら身の危険を感じたあたしは一歩後退する。
 更木隊長の隣でお酌をしていたため、すぐに彼の腕にぶつかり逃亡は失敗した。

「ね、お願い一つ聞いてくれるって……約束だったよね」
「そうですね、聞ける範囲で」
「大丈夫、簡単だから。これに着替えてきて」

 弓親くんの差し出した風呂敷。
 激しく嫌な予感がするが、背後の更木隊長もなんだか愉しそうに口角を釣り上げて「いいじゃねェか着てこい澤村」とあたしを突き飛ばす。
 頭を抱えながら御不浄に向かって、個室で風呂敷を広げた。

「……、……」

 ……振袖だった。
 こてこてと綺麗な柄の入った黒地の振袖で、袖と裾辺りに蝶の縫い取りがある。あたしの斬魄刀の名を、知ってか知らずか。
 現世の布地の少ない服などを渡されるかと思っていたので、案外普通の着物で安心した。
 年齢的には勿論アウトだが、未婚なのでまあいいだろう。

「やっぱり似合うね。美しい」
「……どうも」

 唇を尖らせたあたしは「バカ弓親」と小さく呟いた。

「まあまあ。いつも男だらけでむさい空間にいるんだから、たまには着物を着てめかしたっていいじゃないか」

 弓親くんはそう笑いながら、あたしの髪の毛を解く。そのまましばらく弄っていると、簪か何かでまとめたみたいだった。

「ね〜隊長、似合いますよね?」

 弓親くんがにっこりと笑いながら隊長に話を振る。
 酒瓶からそのままお酒を飲んでいた隊長はちらりとあたしを一瞥すると、その手を伸ばしてガッとあたしの頬を掴んだ。
 息がかかるくらい、顔を近づける。

「……もうちったァ化粧しろ。そしたら喰ってやらんでもねェよ」

 にぃっと口角を釣り上げる、その凄絶な色気と迫力といったら。
 思わず肩を強張らせたあたしに愉快そうに笑って、隊長はあたしをひょいと抱き上げ膝の上に座らせた。
 扱いが副隊長と一緒だ。
 現に膝の上にはすでに副隊長が座ってご飯を食べている。

「やぁだ〜隊長のエッチ」
「クネクネすんな弓親」

 がちがちに緊張しているあたしに、副隊長がにっこり笑う。

「あとりちゃんカワイイね! お姫さまみたい!」
「ど……どうも……」

 弓親くんの悪だくみとか隊長の色気とかなんかもう色々疲れたので、あたしは唯一の癒しの副隊長を抱きしめた。


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