あたしが十一番隊に配属されてから季節が二度、巡った。
 崩壊間際にあった隊内の業務形態は少しずつ少しずつ立て直していっているところで、射場さんと不知火くんの甚大なる協力、一角や弓親の声掛けにより、ようやく多くの隊士からも書類が提出されるようになってきている。

 そんな中、これまで手つかずであった査定が行われることとなった。

 本来は隊長副隊長を中心に人事局と合同で動かされる案件だが、うちの隊長たちは如何せんあれであるし、査定がどう行われるかも知らない死神ばかりである。致し方なく、あたしと射場四席を中心に地道な面談を重ねることとなった。
 空白の席次を埋めるための隊士の評価、本人との面談、異動の希望があるか否かの確認。決して少なくない隊士全員のそれらを済ませる頃には、人事異動の打診あるいは内示が出始める時期になっていた。

「のう澤村」
「はい、どうしました?」

 射場さんと一緒に人事局へ提出する書類の作成をしていると、彼はやにわに「お前が三席になってからウチは変わったの」と零した。

「書類の種類も知らなんだ隊士が進んで報告書を提出するようになった。他隊からの苦情も減ったし、借金もだいぶ減った。給金もまともに出るようになって、こうして査定までできた。お前のおかげじゃな」
「いやですよ、何を改まって急に……」
「七番隊から引き抜きの話が来とる」

 思わず瞠目して筆を落としてしまう。

「――射場さん」
「今の十一番隊なら、安心して離れられる」

 色の濃いサングラスに遮られて、彼の表情はよく伺えない。
 口元に穏やかな微笑を浮かべる彼がその打診をどう捉えているかなど、確かめるまでもなかった。



「異動の希望などはありますか?」
「ねーよそんなもん」
「では現在の十一番隊への不満は」
「特にナシ」
「わかりました。ちなみに一角は次の辞令で第三席に昇進です」
「へー! そうかよ」

 やる気なさげに応答していた一角はやがてしてから「……射場さんはどうした」と剣呑に目を細める。基本的に当人以外の内示は教えることができない。黙したあたしに何らかの見当はつけたようで、彼は「けっ」と吐き捨てて席を立った。



「異動の希望などはありますか?」
「ないよ。お気になさらず」
「では現在の十一番隊への不満は」
「もう少し隊士の顔が綺麗になればいいなぁ」
「それは無理だなぁ。ちなみに弓親、次の辞令で第四席に昇進です」
「四席? え、やだ」

「昇進するなら五席がいい」という意味の分からない駄々をこねた弓親とは約一時間押し問答になったものの、最終的にはあたしが折れることとなった。もともと席次も適当なものだから、別にどうしても彼が四でなければならない理由もない。



「異動の希望などはありますか?」
「いいえ、ありません。このまま十一番隊でやらせて頂きたいです」
「では現在の十一番隊への不満は」
「他隊の隊士との衝突がやはり多いようです。これについては自分も指導して参ります」
「そうね、徐々に改善していきましょう。ちなみに不知火くん」

 きょとりとあたしを見つめた彼の目の前で、なぜか更木隊長ではなくあたし宛に送られてきた書状を二通広げる。

「六番隊の朽木隊長、および十三番隊の浮竹隊長から、どちらも自隊の席官として引き抜きたい由の打診が来ています」
「六と、十三……」
「どちらも現在、副隊長が不在の隊です。将来的に副官として想定されているのでしょう。あたしも、あなたならどこに出しても恥ずかしくないと思ってる」

 不知火銀爾、第七席。席次のごたごたのせいで七席のままだが、恐らく実力は弓親と拮抗するだろう。むしろ引き抜かれるのが遅すぎるほどだ。
 しかし彼はからりと笑った。

「丁重にお断り申し上げます!」

 あまりに迷いない返答に、むしろこちらの気が削がれてしまう。
 射場四席に次いで不知火七席まで抜けられてはさすがに厳しいので、その答えは有難いことこの上ないのだが。

「俺は貴女の下で働き、もっと多くを学びたい。十一番隊の面々のことも好きなんです。今さら他の隊になんて行けません」
「……わかった。そう云ってくれて安心したわ」



 斑目五席はあたしと並ぶ第三席へ。
 不知火七席が第四席へ。
 綾瀬川七席は第五席へ。その他諸々の人事案を隊長に提出すると、「三席が二人か」と首を傾げた。
 ちなみにこの二年間、隊長と副隊長にもそれなりに読み書きの指導をしてきたおかげで、上位席官の名前くらいは読めるようになっている。

「他所じゃ基本三席なんて一人だろうが。お前一人じゃいけない理由でもあんのか」
「――無礼を承知で申し上げます」

 隊長の云う通り、他隊では基本的に第三席までは一人ずつしかいない。副隊長不在の十三番隊は例外だ。

「本来副隊長とは、隊長に万が一のことあらばその代理を務められる実力、権限を有します。しかしながら草鹿副隊長におかれましてはそれが非常に難しい」

 実力に関しては問題ないとしたって、ただ強ければいいというわけではない。有事の際の陣頭指揮。隊首会への出席。隊の業務の把握管理。現在も隊長がきちんとやっているとは到底云えないが、草鹿副隊長では正直無理だ。

「そうなると席次上ではあたしが立つことになりますが、あたし一人では十一番隊を御しきれません。更木隊にとっては三席二人体勢が妥当です」
「……もっとわかりやすく云え」

 迂遠な云い回しは更木隊長のお気に召さなかったようだ。ぎゅっと眉を顰めて首を傾げている。

「つまりですね、隊長が死んだ時に繰り上げで草鹿副隊長が隊長代理をするのは無理があるので、そうなったら次の隊長が決まるまであたしと一角で隊を回せるように彼を第三席にしておきたいんです」
「おう、よくわかった。最初からそう云やァいいんだよ」
「それは失礼致しました。普通の隊士は隊長が死んだらなんて恐れ多くて云えないんですよ!」

 かかかと可笑しそうに声を上げた隊長が、あたしの人事案をバサリと投げ返してくる。今のところこの人が死ぬなんて想像もできないが、まあ、何があるかなんて誰にもわからないんだし。

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