十一番隊の上位席官は、他隊でもそうであるように、なかなか癖の強い人が多い。
 というか隊編成が適当すぎて、死亡した席官の席次はそのまま空席になっている。あたしが三席に滑り込んだのも、以前の三席が更木隊長に刃向かって決闘の挙句死亡したまま欠番になっていたからだ。
 第四席・射場鉄佐衛門、第五席・斑目一角のあと六席が欠番になり、七席はあたしを支え続けてくれる書類要員常識人・不知火銀爾、第八席・綾瀬川弓親といった並びになっている。彼らは更木隊長の実力主義的な面をよく理解していたから、あたしが第三席に配属された当初から文句を云うこともなくかといって関わるでもなく、程々の距離感でいつも通りの生活を送っていたようだ。

 いつも通り、すっかりあたしの執務室と化した隊首室でこれまでの書類の整理をしつつ仕分けをしていると、外がざわざわと騒がしくなったことに気がついた。
「綾瀬川さん」「四番隊へ……」という言葉が聞こえてくる。どうやら怪我でもしたらしい。
 書類を置いて外へ出ると、頭から血を流した綾瀬川さんが不知火くんに支えられていた。斑目さんも擦り傷をこさえているが軽症のようだ。野次馬の隊士の合間を縫って、彼らへと近づく。

「あ、澤村三席!」
「賑やかしいですね。綾瀬川さん、怪我はそれだけですか?」
「え? ああ、まあ」

 十一番隊の隊員は、頻繁に怪我をして四番隊に担ぎ込まれては、詰所を破壊したり四番隊の隊士に絡んだりと迷惑行為を繰り返してきている。綾瀬川さんがそういうことをするタイプとは思えないが、直でここまで帰ってきた辺り、彼も四番隊は嫌いなのかもしれない。
 掌を彼の頭の傷へ向けて、卯ノ花隊長仕込みの回道を展開した。

「阿散井くん」
「はいっ」
「隊首室の抽斗の一番上の段に救急箱があるので、机の上に出しておいて。山下さんは何人かで綾瀬川さんの血の掃除をお願いします。不知火くんはそのまま応接間へ」

 あたしの救護を眺めていた斑目さんが、「あんた」と呟く。

「十一番隊の前は一番隊だったと云ってなかったか?」
「ええ、仰る通り一番隊七席でした。――それより以前は、四番隊で六席を務めておりましたが」

 ピシリ、その場にいた隊士たちの動きが止まった。
 この隊は四番隊を剣で戦えない腰抜けどもと侮蔑する者が多い。大方、その腰抜けのうちの一人だった者が自分たちよりも上の席次にいることが気に食わないのだろう。
 斑目さんはしばらくあたしを睨むような目つきで見ていたものの、やがて「オラ! 散れ、掃除してきやがれ!」と隊士たちを蹴散らした。

 隊首室の応接間へ向かうと、応急処置の回道で血だけ止めた綾瀬川さんと、救急箱を持った恋次くんと不知火くんがソファに座っていた。
 救急箱から清潔な布と包帯を取り出し、消毒液を脱脂綿に滲みこませて患部にぽんぽんと当てる。右の蟀谷の擦過傷だ。確か現世へ任務に向かっていたはずだから、虚との戦闘で負った傷だろう。

「……腕がいいんだね」
「まあ、仮にも六席でしたからね」

 布を押し当て、髪の毛を乱さないように包帯を手早く巻いていく。最後にピンで留めれば処置終了だ。
 途中から隊首室に入ってきて処置を眺めていた斑目さんと、包帯を撫でて髪の毛の乱れ具合をチェックしている綺麗好き綾瀬川さんを見遣る。救急箱の中から取り出した薬をぽん、ぽん、と彼らに投げた。

「蟀谷や額など頭部に近い傷は、例え浅くても血が派手に出る。ご存知ですね」
「うん、まあ」
「それがどうした」
「痛みに強いあなたたちでも、目に血が入れば動きは制限される。そうなれば隙ができる。手っ取り早く血を止めるに越したことはありません。それ、血止め薬ですから携帯してください」

 二人もいる? と、付き添ってくれた二人に投げやった。あたし用に買っているから可愛らしい貝の入れ物に入っているのだが文句は云わせない。

「……有難う」

 綾瀬川さんからお礼を云われてしまった。
 ちょっとびっくりしてしまい、いいえ、と首を振るのが一拍遅れる。

「なあ、澤村」
「はい、どうしました」

 席次的には下の彼らが、あたしに対してため口を使うことに、比較的常識人である不知火くんがさっきからハラハラしているのが面白い。
 死神としてのキャリアは彼らの方が余程長いのだから、別に気にしたことはないが。

「今から道場に行って手合わせしねぇか」
「……なぜ急に」
「三席になったからには、それなりの実力があるんだろ。しかも元一番隊七席。あんたの戦いを見てみてぇ」

 忘れないでほしい。一番隊七席の前は四番隊六席だったのだ。あたしは実地で戦う向きではない。
 が、斑目さんがそんな理由で納得してくれるとも思えない。

「……多分剣道では敗けると思いますが、それでよければ」



 道場へ向かってあたしが竹光を取ると、隊士がざわついたのがわかった。死覇装で手合せする気にはなれなかったので道着に着替えている。普段首の後ろでまとめている髪は、高い位置で結び直した。
 死覇装の上を脱ぎ去った斑目さんと定置で向かい合う。両手で竹光を握り正眼に構えると、相対する彼は片手で握って実戦に近い構えをとった。

「十一番隊第五席斑目一角だ。手加減すんなよ澤村」
「十一番隊第三席澤村あとり。参ります」

 呼吸を読み合う暇もなく、彼は上段に竹光を振り上げて斬りかかってくる。それを受け止め、彼の斬撃の重さを確かめた。
 男女の差は当然だが、実戦で培ってきた経験が違う。まともに打ち合ったら敗ける。
 竹光を斜めに切り替えて彼の攻撃を受け流すと、姿勢を低くして斑目さんから距離を取った。

「反応はいいんだな」
「臆病者でありますから、逃げ足は速いんです」

 立て続けに竹光を振り下ろしてくる斑目さんの剣を弾きながら後退していく。さすが、剣でものを云わす十一番隊の第五席だ。一番隊で受けていた稽古とは重みが違う。
 だけど、鈍い。
 視線を横にやったあたしにつられてそちらを見た斑目さんの脇腹を思いきり打った。ゴホリと噎せながら斑目さんは怒鳴る。

「わざとかよ! テメエ卑怯だぞ……!」
「実戦に卑怯もくそもないです」
「反論できねぇぇぇ」

 ガン、ガァン、とけたたましい剣戟が響いた。
 怒鳴りながら打ち合うあたしたちの仕合を隊士たちは固唾を呑んで眺めている。
 実戦では立ち止まれば死ぬと解っているので息が切れても走り回れるが、手合わせではそこまで危機察知能力が上がらない。段々と息が切れ始めたあたしに嘲笑を漏らすと、斑目さんは竹光へ力を込めた。
 渾身の力で受け止める。掌がビリビリと痺れた。鍔迫り合いの中、斑目さんが「ハッ」と笑う。

「弱ェな。あんた」
「どうも」
「それでどうしてウチの三席を張ってンだ!?」
「云ったでしょ、剣道では敗けると思いますがそれでよければ、って!」

 だんっ、と一歩深めに踏み出して斑目さんの懐に潜りこむ。驚いて剣を引いた彼の胸元に肩を添わせて腕を掴み、踏ん張ってそのまま背負い投げをした。しかしさすがというべきか瞬時に反応して、彼は体をよじって着地する。
 顔面向かって突き出された竹光を薄皮一枚犠牲にして避けると、自分の竹光でそれを弾いた。道場の隅へ転がっていったそれを横目に斑目さんが舌打ちを漏らしながら、弾いたあたしの竹光を素手で掴み、腕を固めて懐に入り込んでくる。

 きれいな背負い投げが決まった。

 道場の床に大の字で倒れたあたしは、全身に奔っていく痺れに声も出ない。

「……成る程、剣道では、な」

 ようやく動けるようになってから、体を丸めて「うう……痛い……」と唸った。

「得意分野は鬼道と瞬歩かよ。戦いたくねー」
「だから敗けると思いますって云ったんですよ……」

 斑目さんが溜め息をつきながらあたしの体を起こしてくれる。手を引かれて立ち上がるものの、背中がずきずき痛くて歩ける気がしなかった。こんなに雑な手合わせは久々だ……。

「斑目さん、済みませんけど隊首室まで運んでください」
「アァ!? 何だよそれ気持ち悪ィな一角でいーぜ」
「え、そこ?」

 斑目さんもとい一角くんはあたしをひょいと米俵のように担ぎ上げた。
 綾瀬川さんはニコニコしながら「あ、それさんせーい」と寄ってきて、痛くて抵抗する気にもなれないあたしの頭をなでなでしてくる。あの、そんな嬉しそうになでなでされる年でもないんですがあたし。

 あたしが一角くんに敗けたということで、恐らく隊士からの当たりはまあまあ強くなるのだろう。五席に敗ける三席なんてなかなか聞いたことがない。これからの憂鬱な日々を思うと溜め息が出る。

「あんたあれだな、実戦の方が強いタイプだな」
「前線から遠のいていた時期が長いので経験は浅いんですがね、鬼道と瞬歩が活きるのは実戦ですから」
「今度は実戦形式で勝負しろ」
「痛いの嫌いだからいや……」
「オイ」
「僕も手合わせしたいな」

 弓親くんがあたしの手から竹光を取り壁に掛けた。ボロボロの竹光が何本も並んでいる。彼らも実力には正直で、大部分が鍛錬だけは真面目にやるのだ。その点だけは認めてもいい。
 ……好き嫌いせず机仕事や雑務もやってくれるようになると、もっといい。

「竹光も新しいの入れた方がいいですね。さっきも戦いながらいつ折れるやら冷や冷やしましたよ」
「あー、あれな、誰も申請の仕方を知らねぇから自腹切って買ってきたりしてたんだ」
「はぁ……それで修理費の支払いが滞っているのですねわかりました」

 新しい仕事が増えてしまって、あたしはがっくりと肩を落とす。
 段々と十一番隊の負のサイクルが見えてきた。
 更木隊長に変わってから多くの席官が死亡・異動する、書類仕事のできる人がいなくなる、更木隊長は仕事をしない、隊費の申請をしないため下りない、しかし他隊の隊舎を破壊するなどの問題は絶えない、隊費がないため自腹で修理費を払わないといけない、しかし虚退治件数等の報告もしないため実績が上がらず給料は低いまま、お金がないので修理費も払えない……。
 どこで断ち切ればいいのか全くわからない。

 米俵がごとく運ばれて応接間へ戻った頃には、痛みはだいぶマシになっていた。

「一角くん弓親くん、今日の虚退治の報告書三日以内に上げてね。じゃないと実績にならないしお給料も上がりませんよ」
「え、マジか」
「マジ。報告書の書き方がわからなきゃ不知火くんかあたしまで訊きに来て」

 ソファに倒れ込んでひらひら手を振ると、完全に道場へ戻る気でいた二人が「不知火ー!」と怒鳴りながら執務室の方へ向かっていった。そんなに怒鳴っては不知火くんが可哀想だ。
 報告書提出はじわじわと身近な席官から詰めていくことにして、平隊士からの反発はいかに抑えたものだろうか。十一番隊に来るからには予想していたものだから、あまり気にしないようにはしていたものの、煩わしいことに違いはない。
 隊首室の天井を見上げながら、山積みの問題に頭痛を憶えた。

 まあ、死神の人生は長い。ぼちぼちやっていくこととしよう。


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