四 旅禍との全面戦争開始



 あたしの搬送後、対応に当たってくれたのは四番隊の荻堂七席だった。
 四番隊時代の後輩でもあるので「部下を庇って重傷だなんてらしくないですねぇ」と揶揄されつつ、現在は治療を終えて寝台に横になっている。

「全身に裂傷及び切創。出血多量、霊力の急激な解放で霊圧も低い方に不安定になってますね。浅い傷は大体治りましたが、深めのものはいくつか治りきっていませんから暫らく動かないでください。霊圧制御の装置もあった方がいいっすよ、澤村先輩のその暴走が如何程のものかは知りませんけど」
「……あとで檜佐木に取りに行かせる」
「貴女ホント堂々とよその副隊長パシりますよね」

 昔から軽口の多かった荻堂との久々のやり取りに懐かしい気分でいると、廊下をバタバタと走る足音が聞こえてきた。

「澤村三席……!」
「銀爾くん。救護詰所の廊下は走らない」
「すっ、済みません、つい。お怪我は!?」
「御覧の通り重傷なのでーあんまり大きい声出さないでくださーい不知火四席ー」
「荻堂てめぇには聞いてねぇ!」

 初めて聞く銀爾くんの乱暴な怒声に思わず目を丸くする。
 あっと口元を手で押さえた彼とは裏腹に、いつも通りの荻堂が診断書を見ながら口を開いた。

「同期なんす。こいつ澤村先輩の前じゃ猫被ってるみたいですけど」
「荻堂……そのべらべらとよく回る舌切り落とされたくなかったら黙ってろ」
「化けの皮自ら剥がしてんじゃねーよ猫っ被り」
「荻堂ォ!!」

 抜刀した銀爾くんの居合を白刃取りした荻堂は、「ね」とこちらを見る。
 成る程なんというか――意外な一面を見てしまった、という気分だった。
 十一番隊にいるからには血の気が多いところもあるだろうと思ってはいたが、銀爾くんが「てめぇ」とか「べらべらとよく回る舌切り落とされたくなかったら」とか云うのを聞いたのは、この十余年の付き合いで初めてだ。

 気を取り直して咳払いすると、ハッと我に返った部下が刀を退いて鞘に納める。荻堂の顔色がひとつも変わらない辺り、このやりとりはいつものことなのだろう。

「……銀爾くん。十一番隊の現状報告」
「はい! 隊長・副隊長におかれましてはいつも通り好きに動き回られています。現在斑目三席の病室を見舞われているようです。斑目三席・澤村三席・綾瀬川五席が旅禍との戦闘にて重傷のため戦線離脱」

 一角と隊長の霊圧が感ぜられる方へ視線を向ける。
「先程まで涅隊長が斑目三席の病室にお見舞いに来られてましたがね」荻堂の付け足した一言に、なんとなく涅隊長の思惑を悟った。
 大方、旅禍と接触した一角から情報やサンプルを奪おうとしたのだろう。恐らくあたしの方にも来る予定だったろうが、途中で更木隊長が介入したため諦めたのだ。

「巡回しておりました部隊については第一から第五班までが旅禍によって壊滅。第六班は澤村三席に庇われ五名軽傷です。七班以下十五班までについても負傷者多数」
「……七班以下!?」
「はい。三席の治療中に交戦した模様です。恐らく三席と戦った旅禍かと」
「そんな――」

 予想以上の被害に思わず身を起こすが、全身に痛みと倦怠感が襲い掛かって寝台に逆戻りした。
 荻堂が心底呆れきった表情で布団を直してくれる。

「無傷で済んだ隊士はおよそ全体の四割程度。十一番隊は壊滅状態と云って相違ありません」
「―――……」

 絶句した。
 旅禍が瀞霊廷に侵入したのは明け方だ。あれからまだ数時間しか経っていない。
 いくら考えなしの脳筋野郎ばかりといったって、恐れ多くも護廷十三隊最強の戦闘部隊を名乗る十一番隊が、この短時間で壊滅。

 胸のうちを掻き毟りたい衝動に掌を握りしめる。
 それを見咎めた銀爾くんは気遣わしげな表情になり、「澤村三席」と手を握ってきた。

「死者は出ておらず、全員四番隊にて治療を受けることになっています。貴女の責任ではありません。――ご指示を」
「……、……不知火四席は先程の報告をそのまま総隊長に上げて、そのまま二番側臣室へ。各隊の副隊長がいるはずだから同じ内容を報告なさい」
「畏まりました」
「そのあとは、残りの隊士を全員戦線から離脱させる……」

 ――侵入した旅禍の数は五。
 身の丈ほどの斬魄刀を持った、橙色の髪の毛の少年。そして虚に似た腕を持つ褐色の肌の、これまた少年。二人とも恐らく現世でルキアが親しくしていた高校生だ。十五歳や十六歳そこらの、ただの人間のはずだ。
 たったそれだけの戦力に――なんて無様な。

「旅禍に遭っても戦わず……他隊に応援を要請のこと」



「オラ」

 その日の夜になって、病室を訪れた檜佐木はあたしの霊圧制御装置と替えの死覇装を持ってきてくれた。顔面に投げつけられたそれを受け取り短く礼を告げると、「随分ハデにやられてんな」と傍らの椅子に腰掛ける。

「旅禍にやられたんだろ?」
「うん。多分、冷静になってみればそれ程脅威ではなかったんだろうけど……後ろに隊士がいたからつい庇っちゃった」
「らしくねぇな」
「荻堂にも云われた。そんなにあたしが部下を庇うのが意外?」

 まる一日横になっていたのと鎮痛剤の効果とで、痛みはだいぶましになってきた。
 檜佐木の助けを受けて起き上がり、彼の持ってきてくれた着物を羽織る。治療してもらったままなので体には包帯しか纏っていないのだ。気を利かせた檜佐木が後ろを向いたので、寝台から一旦下りて着衣を整えた。

「お前が自ら進んで前線に出るようになったのが意外ってことだろ」
「……一体いつの話をしているのよ」
「ハハ。……更木隊長は来たのか?」
「一角のお見舞いのあとこっちに来て、鼻で笑って帰っていった」

「相変わらずだなあの人も……」苦笑気味な檜佐木の声にあたしも笑みを零す。更木隊長らしいお見舞いだった。むしろ心配そうな顔で「大丈夫か、澤村」とか云われる方が吃驚する。
 死覇装に袖を通してから寝台に腰掛けると、檜佐木は振り返った。

「戦時特令の話は?」
「先刻。銀爾くんが病室まで来たわ」

 本日午後、六番隊副隊長阿散井恋次が旅禍に敗北。
 十一番隊の壊滅のみならず、護廷十三隊の副官一人を欠く火急の事態に、山本元柳斎重國総隊長より戦時特令が発令された。


 全ての副隊長を含む上位席官の廷内常時帯刀・また戦時全面開放を許可。
 斬魄刀を使用した、旅禍との全面戦争が始まる。


「怪我は」
「ひどい分以外は大体治ってる。退院手続きもう済んでるから、一緒に帰ろう」
「大丈夫なのかよ」
「あんまり大丈夫じゃないけど、今この状態であたしが抜けると誰も指揮する人がいないのよね」

 不服そうな顔になった檜佐木が無言で溜め息をつく。
 耳環を通そうとしたものの、久しぶりすぎて当然耳に開けた孔は塞がっていた。苦戦するあたしを見兼ねた檜佐木が「またこれつけねーといけねーのか」と耳環を奪う。
 真央霊術院入学当初に阿近さんに作ってもらった、霊圧の出量を制御する装置だ。確か四番隊の平隊士時代、九番隊の救援要請に応えて出動し、重傷を負って霊圧制御が利かなくなった一件以来だから、もう三〇年ぶりになるか。

「……孔塞がってんじゃねーか」
「もう面倒だからそのまま開けて」
「雑だなオイ。明日にしようぜ、開けてやるから」
「いいから」

 孔を無理やり開ける痛みよりも、耳環のない状態で自分の霊圧が暴走することの方が怖い。気の進まなそうな檜佐木に身を寄せて髪を耳にかけると、嫌そうな顔で手を伸ばしてくる。
 耳朶に先端を当てがって、――ややあってから「やっぱダメだ」と溜め息をついた。

「これは俺が預かる」
「檜佐木。――ちょっと、待ちなさいよ檜佐木」
「もうこんなモンなくても平気だろ。いつまで不安がってんだよ」

 そのままきびすを返して病室を出て行こうとした檜佐木を追って寝台から下りる。そのあとをついて行き、途中で詰所に顔を出すと荻堂がいたので、「有難うね、荻堂」と声をかけた。
 呆れた様子の彼が席を立つ。

「本来なら明日いっぱい入院してもらわないといけないんですからね。卯ノ花隊長、怒りますよ」
「うまく云っておいて」
「そんな無茶な。――怪我、まだ治りきってませんよ。くれぐれも無茶はしないでください」
「わかった!」

 すたこらと四番隊をあとにする檜佐木を追う背中に「ほんとにわかってんだか」といった荻堂のぼやきが届いたが、聞こえなかったふりをしておいた。

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