「なんでお前もいんだよ!」

 穿界門の前に集合して開口一番、十一番隊第三席、つまり本来の同僚である斑目一角に悪態をつかれた。
 きらきらした目で此方を見ているルキアに右手を一振りしてから、あたしが此処にいる主たる原因の十一番隊ふたりに目を向ける。

「日番谷隊長のご指名でね」

『日番谷先遣隊』。
 先日、藍染の息がかかったと思しき『破面』の成体が現世空座町東部へと送りこまれたことを切欠に、護廷十三隊より急遽選抜された対破面戦闘部隊だ。

 現世の死神代行黒崎一護と馴染みが深いということで十三番隊よりルキアが選ばれた。動ける戦闘要員のうちルキアと関係が近いということで六番隊より恋次くんが、そして隊長格以外で戦闘要員を択べということで恋次くんが一角に声をかけた。
 ――そしたら弓親が「僕も絶対行く!」と云いだして、騒ぎを聞きつけた乱菊さんが面白そうだと行きたがり、最終的に引率として日番谷隊長が致し方なく腰を上げ。
 巡り巡ってあたしのもとへと、「十一番隊の莫迦二人のお目付け役兼治療要員」としての出動命令が回ってきたのである。

「あたしはあくまで治療要員。但し霊圧の問題で、隊長たちと同じように限定霊印が押されるうえ、斬魄刀の携行も控えることになったので」
「いやそれ全然戦えねーよな」
「なので一角と弓親は死ぬ気であたしを護ってください」
「キメ顔してんじゃねーよ!」

 久方ぶりに同僚の容赦ない突っ込みを頂いていると、恋次くんがおかしそうに笑いながら近づいてくる。

「澤村先輩、一角さんたちに云ってなかったんスか?」
「急な話だったから。現世での霊圧限定のことで手続きもばたばたしたのよね……みんなに挨拶もできなくて」
「檜佐木先輩にも?」
「あー忘れてた」

 本気で忘れていた。
 ぽそっと恋次くんが「檜佐木先輩カワイソ」と呟いたのが聞こえたが、まあその程度を気にするような仲でも今更ないので、何かお土産でも買って帰ってやればいいだろう。
 檜佐木よりも心配なのは三番隊の業務をほぼ一手に担うイヅルくんと、十一番隊の業務を完全に担う銀爾くんのことだった。

 が、まあ心配しても仕方がない。
 手塩にかけて育てた部下がどうにか踏ん張ってくれるのを願うばかりである。


先遣隊




 用意された義骸は現世の高校の制服を着用していた。
 どうせ戦闘になれば死神姿になるので服装に文句をつける気はないが、死覇装の袴や着物に慣れているため短いスカートにいまいち馴染めない。変な顔をしているあたしに気づいたルキアが「姉さま! よくお似合いです!」とヨイショしてくるので叩いておいた。

 穿界門をくぐって現世に降り立ったあと、黒崎をはじめとする元旅禍の一団が在籍しているという空座第一高等学校の前に立つ。
 まだ始業前で多くの生徒の往来があったので堂々と校舎に乗り込んだ。ちなみにルキアは登場にインパクトを求めたいというので、あたしたちとは別ルートで教室を目指すらしい。

「で――どこの教室でしたっけ?」
「知らなーい」
「俺、義骸入るの初めてなんスよ。なかなか霊圧のコントロールが……」
「『下手クソですません』」
「下手クソじゃねーよ!」
「大体テメーらが真剣はダメだっつーから木刀で我慢してやってんだぞ」
「僕らが云ってんじゃないの。法律が云ってんの」
「意味わかんねーよ真剣がダメって! どういう法律だよ!!」
「うるせーぞテメェら!!」
「日番谷隊長、声が大きいです」

 銀髪頭の子どもが制服姿で自分よりも大きな人たちを怒鳴っているという奇異な光景を宥めつつ、『1−3』と書かれたプレートを見つけたので一角と弓親の襟首を掴んで止めた。

「「ぐえっ」」
「一年三組、ここです、日番谷隊長」
「ホラ開けろ!!」

 額に青筋を浮かべた日番谷隊長がまた怒鳴る。この中では一番若輩の――と本人は云い張っている――恋次くんが「へ――い」と教室の扉に指をかけた。
 ルキアがいないので一応席次的には弓親が一番下になるのだが、どうもこの間まで十一番隊だったせいで恋次くんも後輩気分が抜けないらしい。

 突然の死神組の乱入に、教室の中にいた黒崎は目を白黒させながら立ち上がった。
「れ、恋次! 一角!……」と名前を連呼した挙句、日番谷隊長を上から見下ろして「冬獅郎!!」と無礼千万に呼びつける。

「『日番谷隊長』だ!」律儀に文句をつける隊長には目もくれず、額に包帯を巻き、頬に絆創膏を貼った痛々しい姿の黒崎は、戸惑った様子で恋次くんを見やった。

「お前らなんで現世に……」
「上の命令だよ。『破面との本格戦闘に備えて現世に入り死神代行組と合流せよ』ってな」
「アラン……ってなんだ?」

 どうやら『破面』という名称も初耳らしい。
 浦原喜助からはなんの説明もなかったのかと意外に思っていると、「たわけ!」とどこからともなくルキアの声が凛と響いた。

「貴様がこの間ボコボコにやられた連中のことだ!」

 外に面した窓枠から白い手が伸びてくる。
 軽やかに身を躍らせて、窓の桟に仁王立ちをしたルキアが、ふっと口角を上げて黒崎を見つめた。

 死神の力を渡したルキアと渡された黒崎。
 絆という生温い言葉で表すのも憚られるが、思慕とも友情ともまた異なる想いで繋がれた二人の、暫らくぶりの再会であった。

 ……ていうかルキア、ここ何階だと思ってんの。
 薄々気づいてはいたことだが、現世に身を置いたことでずいぶんひょうきんな性格になったらしい。

「……ルキア」
「久しぶりだな、一護」

 呆然とした表情で彼女の姿を見つめる黒崎に、次の瞬間ルキアは目にも鮮やかな飛蹴りをかました。

 感動の再会となるかと思われた空気が音を立てて崩壊していく。
 恋次くんに羽交い絞めにされた黒崎は、ルキアから往復ビンタをくらったうえ、「何だその腑抜けた顔は!?」と罵倒され、無理やり肉体から引っぺがされ、何が何だかわからないという顔をしたまま死神姿でルキアに連行されていった。

 可哀想に……。
 なんとなく合掌してしまったら、横から乱菊さんに「死んでないわよ」と突っ込まれた。


『破面』――アランカルとは、仮面を外し虚と死神二つの力を手に入れた虚の一団を指す。その存在自体はかねてより認識されていたものだ。
 今までは数も少なく未完成で、尸魂界もそこまで危険視していなかったのだが、今回そこに〈崩玉〉を手にした藍染が接触したことで成体が誕生した。先日現世に送り込まれたのがその成体二体であると考えられている。

 現世の井上織姫・茶渡泰虎がこれと交戦。二人は重傷を負い、駆けつけた黒崎一護も負傷した。幸い浦原喜助と四楓院夜一が介入したことでその二体は撤退したが――


「やっぱりこうなったわね」

 全速力で教室を飛び出していったルキアと黒崎を見送って乱菊さんが呟くと、恋次くんが頷く。

「そっスね。全く世話のやける野郎だ……」
「まァあんだけ腑抜けた面ァ見せられたらああしたくもなるだろうぜ」

 一角が溜め息をつくと、「あれはあれでソソるものがあったわよ」と乱菊さんが妖しい笑みを浮かべ、「どこが!? ソソるものなんかないね!!」と弓親が噛みつきといった具合で、口を挟む間もなくギャーギャー騒ぎ始める。
 日番谷隊長がイライライライラしているのが手に取るように解った。

 ちなみにここまで教室のど真ん中での出来事だったため、当然黒崎の級友たちに全て目撃されている。
 突然現れた怪しいやつらが黒崎を蹴って羽交い絞めにしてビンタしたものだから、遠巻きにも興味津々の目つきで眺められていた。

「ヤベー連中だよあいつら……赤い髪だし……」

 赤い髪の恋次くんが物云いたげな目で生徒を睨む。

「気にすんな恋次。人間どもの戯言だ」

 先輩風を吹かせた一角をしらーっと眺めていると、生徒たちが「イレズミ……」(恋次くんのことだ)「金髪……」(これは乱菊さん)と囁き合いはじめた。

「銀髪……」(日番谷隊長)
「ハゲ……」(一角)
「オカッパ」(弓親)
「ハゲ」(一角)

 ハゲと二回云われた一角が秒で腰の木刀を抜く。

「オイ今ハゲっつった二人順番に出てこい」
「気にしない方がいいっスよ、人間の戯言なんだから」
「そうよ。事実なんだから」
「あとり!! テメェ今なんつった表出ろやァ!!」
「嫌よ。出るなら一人で出てくれば」
「寂しいだろうが!!」

 瀞霊廷だったら迷わず掴み合いど突き合いに突入したところだけれど、一応任務で降りてきた現世である。ついでに生徒でもないのに制服を着て勝手に学校に侵入している身なので、努めて神妙に、目の前で暴れはじめた一角たちを傍観した。
 日番谷隊長がイライライライラしているのが、我がことのように解る。
 だが生憎、やつらと付き合ってきた密度が違った。

「……誰かこの引率代わってくれ……!」
「日番谷隊長。あの人たちは嵐みたいなものです。立ち向かう方が莫迦を見るんです。どうぞ心たいらかに」
「澤村。俺は今猛烈にお前を尊敬している……」
「恐れ入ります」


 ――幸い、浦原喜助と四楓院夜一が介入したことでその二体は撤退したが、黒崎一護が破面に手も足も出なかったことは彼に大きな傷を与えた。
 あの少年は精神的に脆い。
 なまじ強大な力を得て、尸魂界ではあれほどに進化し、ルキアの救出を過程はどうあれ実現してしまった彼だ。破面の存在自体を知らなかったとはいえ、仲間二人が瀕死の重傷を負ったうえ手痛い敗北を喫したことがどれほどの衝撃であったことか。

 責任感が強いのは美徳だが、彼はまだ若い。
 年齢だけは重ねているルキアが上手に黒崎の気持ちを切り替えて、それからでなければ話が始まらないのだ。


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