「お、不知火! 俺と弓親、暫らく現世に行くことになったからあと頼んだぜ」
「は?」

 思わず間抜けな返事をしてしまった不知火銀爾にそれ以上の情報を与えることなく、どかどかとやかましい足音を立てて斑目一角が目の前を通り過ぎていく。
 詳しい事情を訊く間もなく道場へ向かってしまったので、斑目の――というか十一番隊の隊士特有の――人の話を聴かない一方的なところに慣れきっている不知火は、ひとまずその後ろ姿を見送った。

 のちのち更木隊長に話を聴いてみると、この人もそこまで詳しいことは知らなかったが(そこまで期待もしていなかったが)、どうやら対破面用の戦闘部隊として先遣隊が組まれたらしい。その戦力として、斑目三席と綾瀬川五席が現世へ派遣されるという。
 つまり澤村三席が三番隊補佐官として隊を離れている現在、十一番隊の席官として一番上の立場になってしまったのだ。
 さすがにその状況を把握した瞬間には冷や汗を掻いた。

 とはいえ三番隊まで足を伸ばせばあとりがいるのだから、何かあれば駆け込めばよい。補佐官とはいえ副隊長の吉良も話せば解るやつなので、泣きつけばあとりも体を空けてくれるはずだった。

 そんなことを考えていたある日。
 斑目ら『日番谷先遣隊』が出発する日である。

 発掘した書類でわからないことがあったので三番隊のあとりを訪ねようと歩いていると、途中で檜佐木副隊長と行き合った。

「檜佐木副隊長。お疲れさまです」
「おう、不知火」

 あとり経由ですっかり顔馴染みになってしまったので、不知火にとっては一番話しかけやすい他隊の副隊長だ。
 向かう場所が同じのようなので、肩を並べて他愛無い話をしながら、三番隊の詰所を目指した。

「お前も大変だな。澤村が三番隊に抜けて、今度は日番谷先遣隊か。倒れないようにしろよ」
「いや自分はそうでもないですよ。檜佐木副隊長こそ……、あまり無理なさらないでくださいね」
「ハハ。隊長って仕事色々あんだな、忙しくて嫌になるぜ」
「その仕事の八割方、うちじゃ澤村三席がやってました」
「澤村スゲェな」

 共通の話題となるとやはり彼女のことになる。今頃三番隊でバリバリその手腕を揮っているのだろうと思っていると、檜佐木がちょうど出てきた三番隊副隊長の吉良を呼び止めた。

「吉良、澤村に用があるんだけどよ」
「澤村先輩ですか?」

 顔色の悪い吉良がこてりと首を傾げる。
 なに云ってんだこの人たち、といった表情だった。


「澤村先輩でしたら日番谷先遣隊に同行されていますので、暫らく帰られませんよ」


 …………。

「「ハアアァァ!?」」


お見舞い




 そんな尸魂界の絶叫も聴こえない現世の青空の下――


 黒崎家にお邪魔してひとまずの事情説明を終えた日番谷先遣隊一行は、それぞれの寝床を確保すべく解散となった。
 ルキアは黒崎家へ半ば強引に。
 日番谷隊長と乱菊さんは、戦闘能力の低い井上さんのところへ。
 恋次くんは浦原喜助元十二番隊々長のもとへ。
 一角と弓親は連れ立って当て所なく姿を消したが、二人のことなのでそう心配はしなくともよいだろう。

「姉さまはどうされるのですか? この狭い家でよければ一緒にいかがでしょう!」
「オウ人の家つかまえて狭い家とは云ってくれるじゃねぇか」

 口の端を引き攣らせる黒崎にちょっと笑いつつ、霊圧制限の問題でほぼ戦闘能力がないあたしを気遣うルキアに手を振った。

「せっかくだけど、さすがに二人以上はご家族にもご迷惑がかかるでしょう。あてがあるからそっちに当たってみるわ」
「そうですか……」
「あとりさん……」

 しょぼんとするルキアとなぜか感動している黒崎の見送りを受けて、顔見知りの霊圧を探りながら空座町を歩いた。
 あたしは現世への駐在任務に当たったことがないし、空座町を訪れるのも初めてだ。途中でお見舞いの果物を購入し、何度か路地を彷徨って迷子になりつつ、一軒のアパートの前に辿りつく。
 目的の人物の霊圧を感じる部屋の前に立ち、インターホンを押した。

「ごめんくださ――い」

 ややあって扉が開く。
 見上げるほども背の高い色黒の少年に「や」と挨拶すると、彼は目を丸くした。

「……あとり、さん?」
「久しぶりだね。怪我はどう?――茶渡くん」

 茶渡泰虎。
 先の破面との交戦で瀕死の重傷を負い、現在も井上さんの能力で治療を続けている、かつて旅禍の一員として相対したことのある少年だ。

「あ、これお見舞いのメロン」
「……メロン……」
「あとで切ってあげるね」

 部屋に招き入れてもらったはいいが、先程まで横になって治療を受けていたらしい重傷人がお茶を出そうと動き回るので、無理やり布団に逆戻りさせた。
 黒崎に話したのと同じような内容を彼にも説明して、当面の寝床を探していることを伝えると、茶渡くんはあっさりと「うちでよければ」と頷いてくれた。

「よかった。季節柄全然問題はないだろうけど、さすがに制服姿で野宿はまずいなと思って」
「……野宿は確かにまずいですが……男の部屋に上がり込むのもどうかと」
「あたしこれでも茶渡くんの十倍以上は年上だけど、それでも襲う勇気はある?」

 黙り込んでしまった。
 が、前髪の隙間から見上げてくる双眸が盛大に不服そうなので思わず笑ってしまう。

「御免ごめん。きみがそんな子じゃないことは解ってるよ。大体、襲われてもあたしの方が強い」
「……あとりさん」
「解った、あたしが悪かった。御免ってば」

 実際の年齢よりも随分と大人びて見えるのに案外純情らしい。
 恥もへったくれもない十一番隊の野郎どもとの付き合いが長いせいで、こういう反応がものすごく可愛く思えてしまった。うちの男連中に茶渡くんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

「台所借りてもいいかな?」
「どうぞ……」
「寝床のお礼に暫らくはあたしがご飯作るわね。茶渡くんなんでも食べれる?――わぁ冷蔵庫空っぽ。これは買い物が先かな」

 黒崎とはまた違う意味で気遣い屋さんらしい茶渡くんがいちいち起き出そうとするのを止めつつ、あたしは一旦食材の買い出しに行くことにした。


 先遣隊出発までの僅かな間に技術開発局へ突撃し、仮眠中の阿近さんを無理やり叩き起こして、今回現世を襲撃した破面二体の映像を確認させてもらった。

 まず交戦した茶渡くんが反応する間もなく一体の攻撃を受けて、あの虚閃に似た霊圧を発射する右腕を握り潰され、夥しい血を撒き散らしながら千切られた。すぐに井上さんが治療に入り黒崎が駆けつけたものの、茶渡くんの重傷は疑いようもなかった。
 千切れた腕はくっつかない。
 刃物できれいに切断されれば或いは施しようがあるかもしれないが、あの映像を見る限り、四番隊の隊士でさえ匙を投げるであろう程の壮絶な千切れっぷりだった。

 それが。

「……きれいにくっついてたな」

 井上さんのあの能力は、何なのだろう。
 肉体回復というレベルの話ではない。時間、あるいは空間の回帰。喪ったものを元に戻す、世の理から外れた力。
 およそ現世に生きる普通の人間が、具えて赦されるものではない。

 あたしが藍染だったら、まずあの未知の力を確保する。

「とはいっても井上さんのところには、乱菊さんと日番谷隊長がついてくれているから……」

 あの二人は先遣隊の主力である。心配することはないだろう。

 茶渡くんに教えてもらったスーパーで食材の買い物を済ませて、のんびりと帰路を辿りながら、いまいち慣れない義骸の動きを確かめた。
 今回の現世出張にあたってあたしの霊圧は、限定霊印を施した日番谷隊長と同等になるまで制限された。限定解除しても精々がその四倍になるようさらに封印されているうえ、斬魄刀も携行していない。完全に治療要員である。
 そのため前線には立たず、後方支援に努めるよう日番谷隊長からも指示されていた。

 初めて入った義骸の指先を眺めていたその時だった。

 空が翳る。

 鉄に浮く錆のような、死神とは違ったざらついた霊圧が空気を介して伝わってきた。
 その出現に気づいたと同時に、現世の空を裂いて現れたそれらが一斉に散っていく。数は六。死神ではない、虚でもない。胸ポケットから取り出した義魂丸を飲み下して死覇装姿になると、即座に瞬歩を閃かせて茶渡くんの霊圧を探った。
 彼の方もこの異変を察知したようだ。
 怪我が治ったばかりの身でのこのことアパートを出て、彼に近づいていく気配にも気づかず、あろうことか背を向けて走り出す――


「何でえ、死神じゃねーのかよ。ハズレだ」


 つまらなそうにそう零した破面が茶渡くんの胸元に手刀を突き入れようとしたその後ろ頭に、飛び降りざま踵落としをお見舞いした。
 さすがに避けられたが茶渡くんは無事らしい。

「……ご指名の死神の登場ですよ?」

 がらにもなく挑発する言葉を放ってみると、破面は不愉快そうに眉を顰めた。


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