目が覚めたら夜半の綜合救護詰所の病室に寝ていた。
泊まり込みでついてくれていたらしい友人たちが大騒ぎして、夜中だというのに卯ノ花隊長に御足労願い、暫しの絶対安静を云いつけられて、檜佐木と乱菊さんに「この大莫迦者」と泣かれた。
市丸隊長の姿を見て強く「だめだ」と思ったあとの記憶が曖昧だ。
多分、霊圧を全開にして紅鳳を卍解したのだと思う。髪が焼け、全身ひどい傷を負っていて、霊力も尽き、其の中にあっても藍染に薙ぎ払われて昏倒したらしい。
そこで黒崎が駆けつけて最後の戦闘に縺れ込み、浦原店長の手もあって、崩玉を取り込んだ藍染を封印することで全てが終わった。
黒崎は今回の件を受けて死神の力を失った。
その影響で意識が戻らず、現在は現世の自宅で眠っている。
藍染は中央四十六室の裁判にかけられ、二万年の投獄刑に処されたという。
あたしが目覚めたのは決戦から実に十五日後のことだった。
凱歌
「正直妬いちゃったわ」
病室を訪れた乱菊さんはすっかりいつも通りの表情で腕組みをした。
いつも通りというか、いつも通りを心掛けているというか。
「あたしギンの考えてることなんて全然わかんなかったのに。あんたはいつの間にか仲良しになってるし! なんか一緒に戦ってるし! どこで打ち合わせしたのよあんなこと!」
「してませんよ……」
「あたしなんて最後の言葉『邪魔や』なのよ、あいつ本当ふざけんじゃないわよ!」
「あたしは多分『あかんてもーこの子メンドイ』だったと思います」
今回の戦闘で前線に出た護廷十三隊の隊長格に死者は出なかった。
絶大な力を得た藍染が、死神を最早格下と見做して適当にあしらってくれたのが、逆に幸運として働いたようだ。
かつて隊長格として護廷隊に在籍していたにも関わらず、藍染の崩玉にまつわる謀りに利用されて虚化を余儀なくされた『仮面の軍勢』、平子真子をはじめとする人々もこの度死神として復帰することが決まった。あたしの寝こけているうちに任官式も済んだようで、三・五・九番隊は彼らの中から新たな隊長を迎えた。
あたしは卯ノ花隊長の絶対安静との威圧――もとい脅迫――ではなく診断に従って、大人しく体の傷と霊圧の回復に努めている。
のだが。
「おい澤村聞いてくれよ!! ひでーんだよ六車隊長!!」
「澤村三席! 更木隊長がどこにもいないんです病室に来てませんか!?」
「姉さま! お加減はいかがですか!?」
謀ったように同時に病室に飛び込んできた檜佐木と銀爾くんとルキアの顔を順繰りに眺めて、溜め息をつきながら寝返りを打つ。
乱菊さんはその様子を見て笑っていた。
「笑いごとじゃないですよ……目が覚めてから毎日これですよ……傷心に浸る暇もありやしない」
「賑やかなのはいいことじゃないの」
ちょっと丸め込まれそうになったが――
どこからともなく一角と弓親の大声が近づいてくるし、新しい隊長も自由気ままで苦労しているイヅルくんが窓の外から顔を覗かせるし、平子新隊長が「斬魄刀も持たんと現世うろついとったド阿呆が藍染とやり合うたて聞いてな!」と絡みにくるし。
そんなことをしているうちに恋次がお見舞いに来たり、朽木隊長から花が届けられたり、荻堂が回診に来て銀爾くんとけんかをおっぱじめたり。
「治るものも治りませんってこれ……」
病室に集まって談笑をはじめた男連中にうんざりしながらそう零すと、見知った威圧的な霊圧が病室に向かってきているのを感じた。
更木隊長だ。
一角と弓親がふと真顔になる。銀爾くんと恋次も蒼い顔になっている。
十一番隊にいたことのある者なら誰でも解る。
これは、やばいやつだ。
逃げる間もなく入口に更木隊長が現れた。
この時、目覚めてから三日。初めて隊長が部下の病室に顔を出した瞬間である。
本能で動いていた。
あたしが寝台から転がり落ちるのとほぼ同時に、一瞬前まで寝ていたそこに木刀が叩き込まれる。「ヒィッ!?」と叫んだのは乱菊さんだ。
斬魄刀じゃなかったのはせめてもの心遣いだろうか。
初太刀で寝台を真っ二つにした更木隊長が、俯いたまま肩を震わせる。
「――情けねェ……」
けだものが唸るような声だった。
「テメェは――性懲りもなく何度も何度も襤褸雑巾みてーになりやがってオイ……一護じゃねェんだぞ」
「いやあたし藍染相手にだいぶ頑張ったと思うんですけど」
「黙れ! 人に向かって偉そうにギャースカ云っといてテメェはご立派に襤褸雑巾たァ舐めてやがんのか。其処に直れ! そのクソ貧弱な精神を木端微塵に叩き直してやる!!」
「ああああああたし怪我人です重傷人です木端微塵じゃ元に直りませんよ卯ノ花隊長に怒られるんです勘弁してください隊長ぉぉぉうぐっ」
「あとり!!」
瞬歩で逃げようとして、当然そこまで良くなっている筈もなく頽れると、更木隊長の鍛え抜かれた丸太のような腕に首を極められた。
せっかく藍染との一対一から生きて帰ったというのに、自分の隊長に手をかけられようとしているなんて。よその隊長たちはみんな「よく生きて帰った」と云ってくれたのに。いや、更木隊長が目に涙を浮かべて「無事でよかった」とか云いだしたら尸魂界壊滅の危機が起きるレベルの異常事態だけど――
余計なことを考えたのがばれたのか、首を絞める力が強くなった。
「ごっ、御免なさい御免なさい許してください! ご心配おかけして本当に済みませんでした!」
「心配だァ!? テメェは俺がそんな殊勝なことするとでも思ってんのか!! 殺すぞ!!」
「ですよね!! ギブギブギブ隊長死ぬ死ぬ今度こそ死んじゃう」
「更木隊長」
冷やりと、絶対零度の切っ先を喉元に突きつけられたような、そんな殺気が流れてきた。
卯ノ花隊長のお出ましである。
「貴方がその腕に抱いている彼女は、ただでさえ重い傷を負っていたうえ、霊力も枯渇し、いつ霊体が消滅するかと危ぶまれた重傷人ですよ。お放しなさい。其れとも、その手で熱烈に抱きしめて生存を確認しなければ安堵できないほど、殊勝にも、ご心配なさっていたのですか?」
なんかすごい脅し文句聞いた……とその場にいた全員の血の気が引いた瞬間、更木隊長はあたしの体をぽーんと寝台に投げ捨てた。
これはこれで酷い扱いだが、ひとまず無事「俺が叩ッ斬る」状態は脱したものと思われる。
平隊士の五、六人は殺しそうな程凶悪な視線を卯ノ花隊長に向けた更木隊長は、痛烈な舌打ちを漏らして病室を出て行こうとした。
「た、隊長」
慌てて呼び止めると、返事はなかったが其の足は止まった。
今まで気づかなかったけど背中に草鹿副隊長がぶら下がってこちらににこにこと笑顔を向けている。
「不肖十一番隊三席澤村あとり生きて戻って参りました。ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。卯ノ花隊長からお許しが出れば直ぐにでも復隊する所存ですので、その時はまたご指導宜しくお願い致します」
「……チッ」
「また来るねー、あとりちゃん!」
漸くいつも通りになった二人の背中を見送ると、病室にいたみんなが大きく息を吐き出した。
嵐のような見舞いだった。
「……アンタんとこの隊長どうなってんのよ……」
一角ともども病室の隅に避難していた乱菊さんがげっそりしている。
真っ二つになっている寝台の上でぐったりしつつ、容態が安定して初太刀を躱せる程度には回復した三日目に漸く顔を出してくれた、上官の厳つい横顔を思い出した。
「いやぁ、あれもまた隊長なりの愛情というか……多分」
「あんたホント心広いわね」
「現世ではああいうの『ツンギレ』って云うらしいです」
「いやそれは違げーと思う」一角が真顔で突っ込んできた。
更木隊長の訪問に戦々恐々としていた四番隊の隊士たちの手によって新しい寝台が運び込まれていくのを眺めていると、ふと、窓の外を見ていた卯ノ花隊長が微笑した。
重たい体を引きずって彼女の横に並ぶ。
「どうかされましたか?」
「いいえ。……自分よりも小さくて、弱くて、華奢で、でも怯えもせずずっと傍についてくれる女性隊士なんて、今まで居なかったでしょうから。彼なりに可愛がっているのだろうと思うとおかしくて」
綜合救護詰所を出た更木隊長がどかどかと歩いている様子が見えた。その背中に乗っかっている草鹿副隊長があたしたちに気づき、更木隊長の髪の毛を引っ張って此方を指さしている。
面倒くさそうな顔をしているのがありありと見えた。
草鹿副隊長が大きく手を振る。体が痛まない程度に振り返すと、隊長は此方を恨めしげに睨んでからまた歩いていった。
復帰したら覚悟しろ、ということだろう。
「……もうちょっと素直に可愛がって頂きたいものです」
「ふふ」
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