「あんたが遅いのなんて珍しいじゃない」

 思わぬ足止めをくらっていまい、大分遅れて二番側臣室へ入るとやはり自分以外の副隊長は既に集合済みであった。ことりはソファーに座ってくつろいでいる乱菊の言葉に「ちょっと捕まっちゃって…」と苦笑いをこぼした。

「わたしが来る前になにかあった?」
「副官章の着用義務なんて久しぶりで仰々しく言っておきながら、なあんにも。一体何の招集だっていうのよね」
「たぶん昨日の市丸隊長の査問だと思う。」

 自分が来る前になにか伝令でもあったかと問えば、乱菊は何もないのに集められたことが不服ですと言いたげに答え、自分の横のスペースを叩いた。礼を言って横に座り乱菊と雑談を続けていく。
 他の副隊長は緊急集会についての会話をしているものや、どこか落ち着かない様子で立っているものもいる。

「そういえば吉良くんは例の現場にはいたの?」

 なにか考え詰めてみるのか、うつむいたままのイヅルに声をかけると、まさか自分が話題にあがるとは思わなかったのか、ギョッとした顔を向けられた。

「いや、僕は隊長とは待機場所が別だったから、旅禍の姿は見ていないです…」
「そうかぁ…生死不明って聞いたけど、どうも旅禍は生きているみたいだし、大ごとにならないといいけど」
「なあんか、最近嫌な話題が多いわよね」

 吉良もギンの行動は納得がいかなかったようで、何を考えての行動なのか把握していない様子だった。先ほど会ったギンがいつも以上に気味が悪かったため、イヅルにも話を聞いたがその返事に嘘が含まれていない様子にことりは安堵した。
 わざとらしく嫌だわと大きなため息を吐いた乱菊は、後ろを振り返りながら俯いて座っている雛森に声をかけた。

「そうだ雛森、ことりにも聞いてみなさいよ」
「雛森さん?なにかあった?」

 呼びかけに反応するように顔をあげた雛森はなにか思いつめたような表情をしていた。

「…ことりさん、今日藍染隊長に会いましたか…?」
「藍染隊長?昨日も今日も会ってないけど…」
「なんか今朝から様子がおかしいらしいのよ。聞いてもなんにも答えてくれないみたいだし、だれか何か聞いてないかって」
「わたしどうしたらいいのかわからなくて…藍染隊長の力になりたいのに…」

 その言葉に、あぁ、と相槌を打つ。自身も今朝方同じようなことを考えていたところだったため、その気持ちがよくわかった。雛森は自身の隊長である藍染のことを非常に慕って尊敬している姿を見かけることが多かった。自分の尊敬する人の力になりたい、その気持ちに応えられない自分が歯がゆい。
 しかし自分と重なる部分はあるが、どこか盲目すぎるその姿に不安を覚えた。

「旅禍が現れたり隊士の処刑があったりで色々考えることがあるんじゃないかな?いつも通りの日常って感じでもないから」

 雛森さんが必要になったら頼ってきてくれるよ、きっと。ことりのその言葉に安堵したのか、ようやく笑顔を見せてくれた。

「あんたもなんだかバタバタしてたみたいね。詳しくは聞いてないけど、朽木家の隊士のことで大変そうじゃない」
「そうなんだよね…日取りの変更も処刑方法もなんか気になるところが多いし…」
「気になるところ?」

 雛森も吉良と和やかに話ができるくらい落ち着いてきたようだ。ことりは乱菊と愚痴交じりに近状を話していると、先ほど鳴った鐘の音よりもかなり大きい警戒音が響き渡った。和やかな雰囲気が一転、全員何事かと息をひそめた。

 ガンガンガンと響くソレは、ことりが何度も思い出してしまう「あの日」の音と同じであった。


『瀞霊廷内に侵入者有り!!!各隊守護配置についてください!!!瀞霊廷内に侵入者有り!!!!』


「侵入者だと…!?」
「旅禍か!?とにかく隊長と合流しねえと…」

 緊急警報にみな立ち上がり、慌てて部屋の外へ向かおうとする。ことりも早く白哉の元へ向かって隊士に指示を出さなければならないとわかっているのに、音が頭の中に響いて動けなくなっていた。

 もうパニックになるほど子どもじゃないと宣言したばかりだっていうのに。

「ちょっとことり!大丈夫!?顔真っ白じゃない、どうしたの!」

 緊急事態でも冷静に動けそうなことりがいまだソファーに座ったままでいることに気づいた乱菊が驚いて声をあげる。その声に外へ向かっていた数人も気づき、ことりの姿を見て驚いた。
 ことりも乱菊の声にハッとしたように立ち上がり、ごめん大丈夫、と笑顔を見せる。どこが大丈夫なのだと言いたくなるような笑い方だったが、乱菊はそれ以上何も言えなかった。
 すると、


「ことり」


 ことりの様子を伺って部屋に残っていた人たちも、外へ向かおうとしたとき、入り口から音もなく白哉が入ってきた。残っていた人たち───乱菊や修兵等はいきなり現れた白哉とことりのやり取りに開いた口がふさがらなかった。

「あ…白哉くん、行くん遅なってしまった、ごめん。いや、違うてわかっとるんやけど、あのね、」
「ことり!……落ち着け。旅禍の侵入を知らせる音だ」
「……あ、そう、そうだよね、ごめん、やっぱりあの音はダメだったみたいで、動けなくて…」
「いい、そう思ったから迎えに来た」

 白哉が声を荒げる姿など一度も見たことがなかった乱菊たちは、緊急警報の音なんかよりもよっぽど驚いていた。
 そんな外野の驚きなどには目もくれず、ことりを落ち着かせるため背中をさする白哉は、ことりの口から昔の「口癖」が出たことに人知れず焦りを感じていた。急いで駆けつけてきてよかった、と安堵の息をつく。

「……落ち着いてきたか?」
「…うん、大丈夫。行けるよ」
「…そうか」

 乱菊たちは、ことりの手を握り目を合わせて心を落ち着かせるように話しかける白哉の優しい音色を聞くのは初めてだった。ことりの顔色が戻ってくると、「ごめんね、ありがとう、先に行くね」と残し二人は瞬歩で消えていった。
 残された乱菊たちはお互いに目を合わせ、自分たちは何も見ていない、何も聞いていないと頷き合い部屋を去った。
 なんだか怖いものを見てしまった。






 六番隊守護配置場所へ白哉とともに急いでかけつけ、待機していた各席官に細かく指示を送っていく。すると恋次も慌てた様子で二人の元へ駆け寄った。

「隊長!副隊長!!侵入者ってなんすか!?」
「旅禍が生きていたんだよ。また瀞霊廷内に攻めてこようとしてるんだと思うけど、その割にどこも違和感ないね…」

 ことりの言うように、警戒音が鳴り響き騒然としたものの、侵入者らしき霊圧は感じ取れなかった。まだ攻め入ってきていないのか、それとも感知できないような術で侵入してきたのか。
 現時点では詳しい状況はわからないが、何もないのに瀞霊廷中に緊急警報が鳴るわけもないため、警戒しておくに越したことはない。

「そうだ、恋次くん。朽木ルキアの移送は無事に終わった?」
「あ、すんません報告忘れてました」
「こんなことになっちゃったしね、とくに問題もなく?」
「ハイ。……あ、ただ、終わったあと藍染隊長に呼ばれて…」
「藍染隊長?」

 西側白道門で初めに旅禍が現れた時に、その姿を見た隊士が口々に流した「萱草色の髪の毛に大きな斬魄刀を持った死神──」それは現世から戻ってきた白哉から聞いた人物とそっくりだった。
 彼らはおそらくルキアを助けに来たのだろうとことりは考えている。そのため、警戒音が鳴る前の出来事ではあるが、恋次が先導した処刑人の移送にもしかしたら何かしらの異変があるかもと不安に思った。
 が、恋次の口からは思わぬ人物の名前が出てきて、思わず眉を顰める。

「なんか俺とルキアが昔から親しいって知ってたらしくて、処刑の日まで短くなったりとか、双殛を使うのはおかしいと思わないかとか聞かれたんすけど…詳しく聞こうと思ったら隊長の招集がかかって聞けなかったっす…」
「なるほど……藍染隊長の言うことはわたしも思っていたけど…」

 だけど中央四十六室の決定に、一副隊長が異を唱えたところでなにも意味をなさない。その疑問の答えを探そうとすることからすでに困難だった。
 恋次には「考えてもわからないことはひとまず置いておいて、まずは侵入者の警戒を続けていて」と配置場所へ送り出した。

 大ごとにならなきゃいいけど、なんて乱菊の言葉が頭をよぎり、そうもいかないなそうだなとことりはため息をついた。

 空がまぶしく光り、’’なにか’’が遮魂膜に勢いよくぶつかった。




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