遮魂膜に当たり四方向へと散っていった旅禍と十三隊の戦況は、こちらとしてはあまり芳しいものではなかった。
 戦況が一時落ち着いてきたため、各隊の副隊長が集まり状況を共有していく。六番隊の配置場所近辺には旅禍が現れなかったため、ことりは周囲の被害状況を全く把握できていなかった。元より現世で恋次が旅禍に傷をつけられたこともあり、ある程度の力をもって侵入してきたのだろうとは考えていたが、旅禍の想像以上の戦力に驚いた。

 その恋次がことりの後をつけ、副隊長の定例集会を外でこっそり盗み聞きをし、旅禍の行き先を聞いた後去っていったことには気づいていたので、血を流し倒れている恋次の姿にやっぱりかとため息をついた。

「随分と派手にやられたんだねぇ…」
「ことりさん…!」
「すいませんことりさん…僕が見つけた時にはもうこの状態で…」
「いやいや…吉良くんが謝ることじゃないでしょ」

 恋次の小さくなった霊圧を辿ってくると傍で話しているイヅルと雛森を見つけた。どうやらひどく傷を負った恋次を見つけたのはイヅルのようだ。イヅルがかけつけた時には旅禍の姿はもうなかったようで、もっと早く加勢できたら…と悔やんでいる。
 それを横目に恋次の枕元に膝をつき、意識があるかを問う。

「阿散井くん、意識はある?返事は難しい?」

 その言葉にかすかに目を開けたが返事は返ってこなかった。どうやらかなり重傷のようだ。しかし、ことりが声をかけてきた意図を理解したのか、なんとか目は合わせた状態を保ってくれている。

「わかった。阿散井くん、いくつか質問するからハイだったら指を叩いて。いいえだったら何もしなくていいよ。大丈夫?」

 ことりは恋次の人指し指を優しく握り、そう問いかけた。すると指が小さくポンと動く。


「旅禍がどこに消えたかわかる?」
────動かない

「旅禍は一人だった?」
────動かない

「阿散井くんが戦った旅禍は、例の人の子?」
────指がそっと動いた

「……旅禍の目的は、ルキアちゃんの救出?」
────先ほどよりも強くことりの手を叩いた


 表情は一貫して苦しそうなものだったが、四つ目の質問をするとグッとこらえるように力が入ったのがわかった。声も出せないほど重傷の身にもかかわらず、恋次の目には力強い意志が宿っているのが見えた。ことりは思わず笑ってしまい、二人の会話が聞こえていないイヅルと雛森を混乱させる。
 恋次はもう心を決めたようだ。

「……君のやりたいように動きなさい。それをわたしは止めないよ」

 ことりの言葉に驚いたような表情をした恋次に、ともかく今はゆっくり休みなさいと伝える。

「あの、ことりさん……」
「二人ともお待たせしてごめんね。四番隊を呼んでこようか」
「僕呼んできます」

「その必要はない」


 気配も霊圧も感じさせず現れた白哉にことりですらも驚いてしまった。
 臥せている恋次を見やる瞳は冷然としていて、白哉に慣れていることりはともかく、イヅルや雛森はその圧倒的な存在感に驚き固まったまま動けない。
 ことりもまた別の意味で驚いた。指令もないまま一人で勝手に向かったうえに負けた男のために、白哉が何か行動を起こすことはないだろうと踏んでいたため、まさか恋次のもとに来るとは思いもしなかった。もちろん怪我人を見舞うためではなさそうだが。

「そ、そんな…阿散井くんは一人で旅禍と戦ったんですよ…」
「言い訳など聞かぬ」
「……一人で戦うということは、敗北は許されない」
「ことりの言うとおりだ。それすらできぬ愚か者は牢に入れておけ。目障りだ」
「ちょっと待ってください!そんな言い方…!!」

 言っていることは正論でも、そんな言い方したら余計恐れられるし、反感食らうよ…と、ことりはため息をつきたくなった。案の定白哉のあまりに淡泊な言い分に、雛森は反論しようとするが、相手は他隊の隊長。吉良に制止され渋々引き下がっていた。
 白哉は隊長に対する不躾な態度も、謝罪すらも興味がないように立ち去って行った。去り際ことりとは視線があったので、おそらく自分に用があったのだろうと思う。


「おおーこわ!」


 またしても音もなく背後に立っていた人物が声をかけてきたことに、イヅルと雛森は驚き振り返った。ギンはいつもの表情の読みにくい笑顔を携えている。ことりは隊長と名の付く人は何故こうも人を驚かせたがるのか──白哉は驚かせようとはしていないが─心底やめてほしいと思った。

「なんやろね、あの言い方。いつも部下の子にあない感じなん?大丈夫?」
「隊長の言っていることは正論ですから…でもたしかに今の言い方はよくないですよね。二人とも、ちゃんと四番隊は呼ぶから安心して」
「そうそう。ボクが声かけてきたる。おいでイヅル」
「わたしも報告をしに行かなきゃ。雛森さん、四番隊が来るまでお願いしていい?」
「は、はい!!」

 ことりの記憶ではイヅルと雛森は真央霊術院の同期だったはずだ。同期が混乱のさなかこのような状態になってしまって狼狽えている様子は見えたが、さほど心配はいらなそうである。

 恋次の元を去り、ギンの後ろをイヅルと並んで歩く。
 この二人と行動を共にするのは──

「なんや、昔みたいやな」

 ギンが後ろを振り返りながら言う。ことりは考えていたことを言い当てられたようでギョッとした顔をしてしまった。視線をそっと横に向けると、隣の男もこちらを見ていた。どうやらイヅルも同じことを考えていたようだ。

「お。おんなじこと考えてたん?ボクが隊長になったばっかで、ことりちゃんが副隊長やろ?で、イヅルが何席やったけ」
「吉良くんは十席に就任したころですかねぇ…」
「そや、ことりちゃん、あん時によう行った和菓子屋覚えとる?あそこなくなってもうたんよ」
「え、あれ移転したんですよ。六番隊舎に近いところになったんで、わたしは今でも行ってますよ」
「え、なんやそれ!はよ教えてほしかったんやけど。あそこの干し柿ちょっと変わってて嫌いやなかったのに」

 いつも通り話しかけてくるギンに、今朝の彼の様子はただのからかいだったのではと感じてくる。だからといってことりにとっては、からかいにしては随分悪質な内容のため、無視することはできないが、こうして三人で──イヅルは黙って耳を傾けているだけだが─話していると、ギンの言うようにたしかに昔の平和な時を思い出してしまう。
 彼の直属の部下として働いていた時間は、ことりの護廷十三隊で従事している月日の中では非常に短い間ではあったが、そう悪いものでもなかった。

「じゃあ事が落ち着いたら行きましょう。店主さんも市丸隊長のこと覚えてるんじゃないですかね」

ギンは「もう何十年も前やのに、覚えとるんかなぁ」と笑いながら返した。

 ギンとことりは長い付き合いだ。ギンが幼い姿で入隊してきた当時から、なんやかんやで世話を焼いていた。時が流れていき、同じ副隊長として肩を並べた時間もあった。そしていつの間にか立場が逆転していたが、ことりにとっては好奇心旺盛でからかい上手な、しっかりしたように見えて甘えたがりなところは昔から変わらない男。
 可愛い後輩であり、背中を預けられる同僚であり、頼もしい上司でもあり、一緒に笑い合える友でもある。

だから、ことりは気づいてしまった。

「きっと忘れてないですよ」

 ことりは今この場にイヅルがいなかったら、思わずギンの胸倉をつかみあげていたかもしれないな、と心の中で苦笑いをする。

 ギンは叶えられない約束はしない男だ。
 そしてギンも、ことりがその言葉の意味を察していることに気が付いている。



top