恋次が旅禍へ戦いに挑みに向かう道中、自隊の隊士たちを振り切って挑んでいったようで、六番隊守護配置付近には旅禍は通っていないにも関わらず、隊舎に戻ると怪我人が多くいた。
 ことりは思わず頭を抱えた。好き勝手行動するのは構わないといったが、必要のない被害を出してくれるなと、後でしっかりと叱ろうと決めた。十一番隊に比較的長く所属していた割には気遣いやの面があると思っていたが、しっかりと其隊の気質は持ち合わせていたようだ。

 怪我人の把握と、各小隊からの報告を受け、今後の指示を飛ばす。それから恋次を収監する牢の手配と、見張りの配置も済ませる。
 隊士はみな出払ってしまい、おそらく暫くは誰も戻ってこないだろう。思ってもいなかった大事件になってしまい、気疲れしてしまった。誰もいないのをいいことに、隊長室の大きなソファーに横になる。白哉に見つかったら小言を言われてしまうような状態だ。
 暫くボーっとしていたが、そうゆっくりもしていられない。この旅禍騒ぎにだけ構っていることもできず、通常業務の現世駐在の任務に就いているものからの報告書を、そのまま横になりながら目を通していると、隊長室の扉が開いた。
 入ってきたのは、この部屋の主である白哉だ。どうやら隊首会が終わったようで、慌てて姿勢を正して出迎えるとかなり不機嫌そうな表情をされた。

「……おかえりなさい。そしてごめんなさい」
「…あまりだらしのない恰好をするな」
「なんか疲れちゃって、つい。隊首会はどうだった?」

 案の定小言を言われてしまったがことりにとっては想定内のことなのであまり気にとめていない。
 ことりと同じくソファーに腰かけた白哉にお茶を淹れて差し出す。それを一口飲み、息をついた後、ゆっくりと話し出した。

「戦時特例だ。斬魄刀の常時携帯、戦時全面開放の許可が出された」
「…大ごとになっちゃったねぇ」

 公的に瀞霊廷での斬魄刀開放の許可が出るなんて、長い死神生活でも初めてのことだった。彼らが侵入してきてからまだ一夜も超えていないというのに、今までではありえないことだらけである。どうもこの百年で平和慣れしてきてしまったようだ。

 もう夜になる。明日から、いやもしくは夜のうちにさらに何か起きるかもしれないとことりが考えていると、何か言おうか言うまいか迷っているようにこちらを見る白哉と目が合った。
 基本、白哉は自分の言いたいことははっきりと口に出す質である。こうしてなにか言いよどむのは、こちらの気を慮っている印だ。ことりは今更白哉に何を言われようと怒ることも悲しむこともないだろうと、当たり前のように思っているので、気にせず先を促した。

「……今朝の鐘はもう大丈夫か」

 折角忘れていたとしたら、思い出させてしまうのは忍びないと思った、と苦しげな表情をする白哉に思わず笑いが込み上げてきた。
 この人は本当に心配性で優しくて。その優しさをもっと他の人にも見せられたらいいのに、なんとも不器用な人だからおもしろい。

「やっぱり、どうしても思い出すと動揺しちゃうみたい。みんなの前で昔の癖が出ちゃったのは恥ずかしかったなぁ」
「そうだ。最近は殆ど聞いていなかったから面食らった」
「えぇ、ほんまはこれで話してもええんとちゃうかなって思うんやけどなあ」
「戯けるな」

 その変わらない優しさが嬉しくてクスクス笑いながらふざけると、白哉も仕方がない奴だと言いたげな態度ながらも、隣で付き合ってくれる。

「いつもありがとうね」
「今更だ」










 旅禍が瀞霊廷に侵入してきてから一日。隊長室横の仮眠室で白哉とともに周囲に気を張っていたが特に何も起こらず、夜勤の隊士も新しい情報は何も入ってきていないと言っているので、旅禍も夜は休息に充てたのだろう。
 新しい問題が起きなかったことにことりは安堵して、自隊の問題児、恋次が牢でぐっすりと眠っていることも確認し、副隊長定例集会に向かった。

「おはよ、ことり。ねえねえ、あんたのところの三席大丈夫なの?」
「おはよう乱菊ちゃん…わたし阿散井くんがあんなに猪突猛進タイプとは思わなかったよ…」

 ことりも早く来た方だと思っていたが、既に顔を揃えていた副隊長の面々とあいさつを交わす。数分遅れて乱菊とイヅルが入室してきて、一気に部屋が騒がしくなった。

「つい最近まで十一番隊だったっすもんね。そこそこ気が短い奴だし」

 恋次の学院時代の先輩で現在も親しい間柄の檜佐木がしみじみと言ってくる。それに射場も賛同し、そんなに猫被ってたのかと笑っている。
 するとイヅルが恐る恐ると言ったようにことりに声をかけてきた。

「ことりさん…朽木隊長とはあれから大丈夫ですか…?」

 ことりは一体何のことだ?と一瞬首をかしげたが、そういえばと頷く。

「大丈夫だよ。ちょっとプンプンしてるくらいで、特段怒ってる素振りもなかったよ」
「プンプンってあんた…朽木隊長にこんなにも似合わない言葉ある?」
「昨日のことで隊長の恐れられ具合を改めて感じちゃったから、ちょっと親しみやすさを見せようと思ったんだけど」
「余計怖いわバカ」

 なかなか全員集まらないため、定例集会を始めることもできず、各隊の近況報告を含めた雑談はどんどん関係のない話へと話題を変えていってしまっている。
 おしゃべり好きの乱菊が、また口を開こうとしたその時、外から甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「今の声は?!」
「雛森さんだ。東大障壁のほう…!」

 こんな緊急事態だ。雛森が旅禍の襲撃にあったのかもしれない。ことりたちは急いで声の元へかけていく。
 ことりは雛森の姿を確認するよりも先に、真っ白なはずの東大障壁が赤く染まっているのが見えた。

「なん、だ、これは…」

 後ろを走っていた誰かが思わずそうこぼしたのが聞こえる。
 赤く染まっていたのはすべておびただしい量の血であった。その中心に誰か磔られている。ことりもよく見覚えのある男だ。

「藍染隊長…?」

 夢でも見ているような、信じられない光景だ。五番隊隊長である藍染が、目の前で死んでいる。
────五番隊の隊長が、死んだ…?


 五番隊隊長、以下八名の隊長各は、邪悪なる実験の犠牲となり死亡。
 罪人逃亡の際の混乱でその遺体は行方不明とされる。



 他の副隊長が雛森に駆け寄り一体何が、と動揺している傍ら、ことりは藍染から目を離せず固まってしまった。
 忘れもしないあの日の絶望の声が響き渡る。解ってはいる。晒されている死体がことりが今頭に描いている彼ではないことなど解ってはいるのだ。
 動揺のあまり霊圧が爆発しそうになっているのか、雛森に駆け寄っていた者たちにことりの霊圧が刺さる。その刺さる霊圧がいつもの落ち着いた優しい人柄からは考えられないほど、狂暴で痛々しいもので、呆然と立ち尽くしていることりに誰も近づけないでいた。
 そんなことりの背後から、視線を遮るように手が下ろされた。

「ことり、深呼吸しいや」

 ことりを守るようにそっと目を覆ってきたのはギンだった。ギンは目の前の光景を見て、ひゃあ〜と声をあげた。

「なんや、朝っぱらから騒々しいなぁ」

 いつも通りの飄々とした音色はあまりにもこの惨状には場違いだった。
 視界を遮られ、そっと肩を寄せられたことりは、あまりに場違いではあるが聞きなじんだ声に、ようやく呼吸ができたような気がした。

   ──『お前はまあ上手く隠しとるけど、気は早い・せっかち・短気の最悪の三連打なんやから、肩の力を抜いて一拍おいて落ち着いてみぃ。したら自分がやるべきことがちゃぁんと見えるはずや。自分賢いんやから堂々としとればええ』
 
 気が落ち着いてきたところで、昔言われた言葉を思い出した。ひどい言われようだが、悔しいことに今その言葉に支えられた気がする。
 ギンの言うようにひとつ大きく深呼吸をしたことで、随分と思考がクリアになったことりはその手を叩きどいてもらう。自分が今ここでするべきことは、動揺して過去に振り回されることではなく、この事件を終息させることだ。
 視界が明るくなり改めて藍染の姿を見ようと顔をあげたことりの目に藍染よりも先に映ったのは、憎悪に染まった顔をして刀を構えた雛森だった。その視線は自分の背後──ギンに向かっている。

「お前か…!!!!」

 いつもの温和な彼女からは考えられないほど激昂した声にゾッとしたことりは咄嗟に刀を抜こうとするが、それよりも先に前にイヅルが飛び出した。

「僕は三番隊副隊長だ、どんな理由があろうとも隊長に刀を向けるものは許さない…!!」
「おねがい…どいてよ、吉良くん…」

 イヅルと雛森が声を荒げながら鍔迫り合っている。すると、雛森は無我夢中といった様子で斬魄刀を開放した。その反動で爆風が起き、体が少しよろめいたことりは思わず顔をしかめる。
あまりにもおかしな状況だ。陶酔とも呼べるほど尊敬していた上司が、朝起きると目の前で死んでいる姿を目にしてしまった雛森が錯乱状態のようになるのも仕方がないのかもしれない。しかしギンに憎悪を向ける根拠がわからない。
 ことりはそっと背後を振り返り、怒りの矛先になっていたギンを見る。その表情はいつもの薄ら笑いを携えていた。それはたった今隊長殺しの犯人と指摘された男のする顔ではない。

「なんやことりちゃんこっち見て。なんか顔についとる?」
「ギンくん、あんた…」

 出会った時から変な子どもだとは思っていたが、今日ほど気味が悪いと思ったことはない。しかしことりはギンに何も言えず口ごもってしまった。
 そうしている間に二人の戦いは激白してきてしまい、雛森からの攻撃を往なしてやりすごしていたイヅルもついに斬魄刀を開放した。
 藍染の死について何も正しい情報もないまま、冷静さを欠いて副隊長同士でこのまま刀を向け続けるのはあまりにも非合理的すぎる。ことりは刀を抜き、足を踏み出す。

 ガギンと鈍い音が響き、あたりが静まり返る。ことりが二人を止めようと向かった時、もう一人間に入ろうとした姿を確認した。そういえば彼は雛森と馴染みがあると聞いたことがあるような、と考えたことりは、雛森は彼──日番谷に任せ、吉良の刀を受け止める。

「動くなよどっちも」
「日番谷くん…」
「あ…ことりさん…」

 日番谷の捕えろの声で、他の副隊長によって二人は拘束され連れていかれた。ことりが受け止めたイヅルの刀は驚くほど軽く、彼が雛森を切ることができない存在なのだろうなと察した。
 背後でギンと日番谷の会話を聞きながら、漸く藍染の姿をしっかりと確認する。連日の旅禍騒ぎの最中だ、犯人は旅禍の誰かということになり、一層旅禍との戦いが激化することになるだろう。
 藍染とことりも、非常に長い付き合いになる。旧知の仲というほど親しいとはいえないが、それでもことりの知っている藍染は誰かに殺されるたちだと、まったく思えなかった。目に映るこの惨状があまりにも不自然に感じてしまい、ことりは夢でも見てるのだろうかと思った。




top