あれからすぐに障壁から降ろされた藍染は、四番隊隊長、卯ノ花が検死を行い「藍染惣右介は何者かに殺害されたとみられる」との結果が出された。
隊舎で通常勤務に戻っていたことりは隠密起動からその情報を聞く。そしてそういえばと考える。藍染とはこの旅禍騒ぎが起きてから一度も顔を合わせていないが、雛森や恋次からその名は聞いたなと思い出す。どこか様子がおかしいと言っていた雛森。ルキアの処刑は何かおかしくはないかと問われた恋次。
旅禍と鉢合い戦闘の末に殺されたか。それとも藍染が触れてはいけない何かに気づき、何者かに殺害されたか。それとも────
いくら考えても答えの見つからない問題に一人頭を悩ませていても仕方がない。ことりは気になることは一つずつ自分の目で見て、耳で聞いて確かめないことにはなにもわからないままだと、足を動かした。
ことりが向かった先は平時じゃほとんど足を運ばない隊舎──十一番隊の扉を叩いた。六番隊の副官章をつけた女が隊舎を歩いているのが余程気になるのか、あちこちから視線を感じる。視界に入る隊士たちはどこかしらに怪我を負っていて、信じられないと思っていたが、十一番隊が半壊滅状態にあるというのはどうやら本当のことらしい。
霊圧を辿りある部屋の前に立つ。襖を叩き返事を待つと、少しの間をおいて気だるげな声が返ってきた。部屋の主が起きていたことに安堵し、襖を開けるとギョッと驚かれたのち、奇妙なものを見るような目で見られた。
「あ?おいおい、俺を見舞うような仲じゃねえだろ」
「班目くん、重傷って聞いてたけど、思ってたより元気そうだね」
「聞けよおい。何の用だ」
「失礼だなあ。お見舞いだよ。ほら、これ好きでしょ、食べてね」
「別に好きじゃねえし、これ好きなのてめえだろうが…」
めんどうくさいという様子を全く隠さず文句を言いながらも、部屋に迎え入れてくれた一角は、自分の枕元で見舞いの品として持ってきたという辛い煎餅を自ら開けて食べていることりに蟀谷をひくつかせた。見舞いの品じゃなかったのかよと睨みつけてもどこ吹く風だ。
一角から見たことりは、自然に人を振り回してくるし、我が強くて自由勝手なやつだというのに、品行方正な六番隊の副隊長として名が通っているのは些か腑に落ちない。しかしあまり認めたくないものの、頭の回転は速いし機転も効く。聡明な女なのだ。そんなことりがこんな混乱の中でさして親しくもない他隊の隊士に、時間を割くとは思えない。
「おいことりさん。ただの見舞いに来たんじゃねえんだろ。何が聞きてえ」
「…涅隊長には言い渋ってたって聞いたから、まさか班目くんから言い出してくれるとは思わなかったよ」
「あんたに渋っても仕方ねえ。俺が負けたやつの名前は黒崎一護。萱草色の髪のでけえ斬魄刀の男。で?」
どう本題に切り出そうか迷っていたことりは、一角のその協力的な様に驚いた。そして、ようやく知った旅禍の名前を復唱する。
「彼の目的は聞いた?」
「朽木ルキアの居場所は聞かれた。助けるんだとよ」
「なるほど。やっぱりそれで中央…懴罪宮の方に向かってるのか…」
「やっぱりってことは、あいつの目的わかってたのかよ」
黒崎一護…ルキアが死神の力を譲渡した噂の男は、ことりの予想通り彼女が断罪されるとどこからか聞いたのか、救出のために尸魂界に乗り込んできたようだ。
「……それにしても、班目くんはこうしてピンピンしてるし、阿散井くんも黒崎一護と戦ったみたいだけど、とどめはさされていないし。誰かを殺す気はないのかな」
「あいつにそんな気は絶対ねえよ。戦った相手の止血までしてくるような奴だ」
「へえ…」
「とんだ甘ったれた野郎だ。そのくせ俺ら全員倒して朽木ルキアを助けるつもりだろうよ」
一角は黒崎一護のことを理解しがたい馬鹿を思い出すように呆れたような声で語るが、その表情はワクワクしたようなものだった。どうも彼のことを気に入ったらしい。
一護との戦いの話や、その連れと相棒の弓親が戦い、弓親が馬鹿丸出しの格好になっている話など、一通り話し終えた一角は、ふと黙り込んでことりの顔をまじまじと見る。首を掲げて先を促せば、「あー…」と言いながら頭を掻いた。
「あー…おめえには後で伝えにいってやるか迷ってたんだがよ」
「なに?」
「あいつの師、浦原喜助だとよ」
その名がでた瞬間ことりの霊圧が一瞬だけチリっと一角の肌に刺さった。瀞霊廷が混乱している最中にこの話をして、ことりが動揺しても面倒だし落ち着いたら話そうかとも考えていた。しかし、彼女の表情を見るに今話したのは悪くない判断だったと思えた。ことりは最近ではあまり見ることのなくなっていた、ニヤリとしたあくどい顔をしている。
「おい…本性出てんぞ…」
「本性とは失礼だなあ。いつも猫被ってるみたいな言い方しないでよ。丸くなっただけだよ」
とてつもなく良いことを聞いてしまったことりは、一角の大変失礼な言葉にも笑顔で返事をした。
浦原喜助がこの件に絡んでいる。彼が生きているのも、どこかで身をひそめているのも気づいてはいた。ことりがその名前を聞くのはもう思い出せないくらい久しぶりのことだ。当時はそこらかしこで騒がれていたが、だんだん時が経つにつれて忘れられていき、そして当時のことを知らない隊士も増えてきた。知らない人にわざわざ聞かせるような話でもないので、あの事件のことは誰も口にしなくなっていった。
「うん、ありがとう。もう行くよ」
「これからどうすんだよ」
「うーん…とりあえず黒崎一護と会ってくる。それから朽木ルキアを助けに行こうかな」
「は!?」
堂々と謀反をおこすと宣言したことりに、さすがの一角も驚き引き留めようとするが、聞く耳持たずでことりは早々と十一番隊を後にした。
ことりが去っていったあと隣の部屋から弓親が顔をのぞかせた。
「驚いた、あの人でも隊に反するようなこと言うんだ」
「まァ、ただの頭の固いやつじゃねえけどよ…あいつ本気かぁ?」
「僕あんまり彼女と話したことなかったけど、思ってたよりすごい気さくな感じなんだね」
「昔はもっと気が強かったんだよ」
「一角はいつことりさんとそんな仲良くなったのさ」
「あー…俺が院生のころに借りができて、まあそっからは会えば話すくらいの仲。そもそもそんな会わねえけど」
「ふーん…あんなにウキウキした様子も初めて見たよ。随分と可愛らしいじゃん。ずっとあんな感じでいればいいのに」
◇
ことりと浦原喜助の出会いは今から百十年前に遡る。
「あなたが三番隊副隊長の猿柿ことりさんっすよね?」
隊務が一区切りし昼休憩を取りに行こうと歩いていたことりは、背後から投げかけられた声に不愉快そうな顔で振り向いた。
「あんた誰や」
昼ご飯を食べに行こうとしていた足を止められ、腹が減って不機嫌だったことりはその人物を睨みつけながら言った。自分を副隊長だと知っての行動だ。どこの誰だと顔を見上げると、ほんの数日前に話題になった男だった。
「え?あー…浦原喜助っス。この前十二番隊隊長になったんスけど…」
「知っとるわ」
「えぇ…じゃあなんで聞いたんスかぁ…」
「なんの用や」
浦原の隊長就任式の時のあのヘラヘラした態度は、私的な時間でも変わらないらしい。自身は隊長で、ことりは副隊長であるというのに、生意気な態度をとられても全然気にした素振りもない。
「ちょっとお話したいなぁって思ったんスけど…一緒にお昼とかどうですか?」
「今日は他の奴と食べる約束しとるから無理や」
「平子隊長ですよね?彼に自分のかわりに今日ことりさんと行ってきたらって言われたんスよ」
「はあ!?なんやそれ!」
声をかけてきた時点で、大方姉の話がしたいのだろうなと察しがついていた。しかし、ことりも姉とはここ数日碌に会っていない。彼女は今、大きく環境が変わってやることが増えて忙しいのだろう。その原因のひとつがこの目の前の男なのだが。
浦原の言う通り今日は隊士用食堂ではなく、瀞霊廷の外れの定食屋で真子と昼食を食べる予定だったのだ。それがまさか真子の入り知恵で浦原に先回りされていたのだと気が付かなかった。
あまりにも用意周到に囲われていて誘いから逃げられず、あれよあれよという内に向かい合って箸をつついていた。
「で?どうせひよ里ちゃんの話やろ。何が聞きたいんです?」
「あー…敬語とかいいっスよ」
「あんた仮にも隊長やろ。部下にタメ口使われてええんか」
「ひよ里サンにもタメ口で話されてるんで、ことりサンにも敬語使われると逆に変な感じがしちゃうんスよねぇ」
「ふーん。まあなんでもええけど」
浦原の気を遣う素振りを見せながらもすぐに態度が大きくなって気ままにやりすごすあたりが、姉のひよ里と似ていて思わず笑ってしまう。ことりは浦原が自分とひよ里を重ねて笑っていることに気づいているためジト目で返すが、目の前に座っているのがひよ里だったら、今頃浦原は「何笑ってんねん、このハゲ!」と殴られていたはずだ。
「お二人とも似てると思ったんですけど、ことりサンは静かに毒を吐くって感じっスね」
「は?ウチら初対面やぞ、失礼すぎん?はよ本題に入れや」
「平子隊長の言う通りせっかちなんスねぇ」
「はあ?!なに話しとるんやアイツ…後でしばかんと…」
ことりは箸を折らんばかりの勢いで平子への怒りの声をあげる。
しばらくお互い黙って食べ進めていたが、浦原は先に食べ終え箸を置き悩まし気な表情でことりに話を持ち出した。食べるのが遅いことりは「わたしまだ半分も残ってるんやけど気にしないんかい」とツッコもうかと思ったが、また話が膨らんでも面倒なのでひっこめた。
「ことりサン、ここ数日ひよ里サンと会ってないっスよね?ボクが就任して以来、彼女働き詰めですし」
「…たしかに会っとらんけど、まあ人事が色々あった時はそんなもんやろ」
「ただでさえ疲れてるだろうところに、ボクがいるとずっと怒りっぱなしで…何かこう怒らせない方法とかってあるのかなぁと思いまして…」
ひよ里が彼に怒りっぱなしという姿は容易に想像することができる。彼女はなかなかに荒々しい性格をしているので、昔から誰彼構わず喧嘩腰で話しているが、こういうヘラヘラつかみにくい男には特に反抗的な態度になりそうだ。しかもタイミングが悪い。急に慕っていた上司がいなくなり、数日間とはいえ隊をひとりでやりくりし、そこに現れたのがこの男だ。
「さっきも言ったけど、十二番隊が今めっちゃ忙しいのはしゃあないことや。隊長も変わったってだけでも大変なのに、なんや変な組織作ろうとしとるんやろ?詳しくは知らんけど、ひよ里ちゃんめっちゃキレてたで」
「ウッ…そうっス…技術開発局っていいます」
「待て、気にはなるけどその話は今は聞いとらん」
浦原はひよ里のキレ散らかしてる姿を想像したのかしゅんと項垂れる。たしかに前任の曳舟隊長がいた頃とはガラリと隊の雰囲気がかわりそうで、不満が多く出るのも頷ける。しかしひよ里を筆頭に色々と文句を言われても、その技術開発局というものを諦めるつもりはなさそうな浦原に、ことりは自分の言うことなんてあんまり意味がないのだろうなと感じた。
浦原は話してみると就任式であった時の印象とは全然違う男だ。随分と懐が広くて、そして固い信念を持った男だと思うと、ことりは笑えてきた。
「……ひよ里ちゃんは何を言うても怒るから、気にするだけ時間の無駄やで」
「ふ、双子のお姉さんに凄い言い様っスね…」
「ほんとの事。わたしが怪我してもキレるし、風邪をひいてもキレる。自分が風邪ひいてもキレるんやで?昔からそうなんよ。キレることで相手と会話するって感じ」
「なんというか…特殊言語って感じなんスね…」
「ふふ、ええねその言い方」
神妙な顔をしてくだらないことをいう浦原にことりはもう笑いを抑えられなかった。ことりはひよ里と会えるちょっとの時間の度に、浦原のことをボロクソ聞いていたので何となく身構えてしまっていたが、とっても面白い人じゃないか。気を緩めてクスクス笑うことりに浦原も最初は驚いた表情をしたが、同じく表情を緩めた。
「何を言うても怒るんやから、無理に上から命令したり、逆に下手にでて顔色伺ったりせんと、適当に話してればええの」
「適当に、ですか」
「そ。どうせそのうち慣れてくるから大丈夫。めんどいやろうけど、ひよ里ちゃんのこと頼むで」
ことりが身を乗り出して浦原の肩を叩くと、ポカンとした顔をしたのち、キリっと顔を引き締め強くうなずいた。隊長がかわって少しばかり落ち込んでいたものの、特段姉の心配なんてしていなかったが、この人なら全く問題なさそうだなと安心した。
「ボクは十二番隊の隊長っスからね。ひよ里サンも部下のみなさんもボクが守ります」
◇
ことりは自身の目で見て、耳で聞いて、感じたものを信じて行動してきた。彼は残虐な実験を行った犯罪者としてその名が広まってしまったが、ことりにとっては寛容な心と豊富な知識をもった賢くて頼りになる上司だ。その彼が今回の旅禍騒ぎの件に一枚噛んでいるなんて。
「…ほんとええこと聞いちゃった」
ことりが進みたい道が決まった。