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  荀ケが目を覚ますと、すでに窓からは白い光が差し込んでいた。寝台の上には自分一人きりだったが、体を起こすときに腰が痛み、昨夜のことが現実だったのだと思い知る。郭嘉の肌の暖かさや、囁く声、やさしく触れる指、そして、己の中に入り込む郭嘉の…。それらを思い出し、一人頬を赤らめた。自分も、かなりの痴態を晒していたはずだし、あまり聞かれたくない声など出してしまっていたような気がする。何より、あの行為のせいで、自らの想いにはっきりと気付いてしまったことが照れ臭かった。
 郭嘉は水浴びにでも出かけたのだろうか。彼が戻ってきたとき、どのような顔をしていればいいのか、わからなかった。
 ふと、卓の方を見ると、昨晩には無かった何かが置いてあることに気付く。寝台を降り、卓の前に座り、それを近くで見てみると、包紙の上に置かれた薬だった。おそらく郭嘉は、これを飲むために水を汲みに行ったのだろう。だとすれば、そう時をかけずに戻ってくるはずだ。
 そう思っていると、やはり室の扉が開く。郭嘉は水瓶を手に持っていた。
「あ、文若殿。起きてらしたのですね。」
 郭嘉は平然と荀ケの隣に座り、薬を服す。まだ若いというのに、薬を口に流し込む仕草が妙に慣れて見えた。
「心配せずとも、これはただの酔い覚ましですよ。華佗殿が用意してくださるんです。これを飲まないと一日中体がだるくて。それこそ、仕事に差し支えてはいけませんから。」
 へんに早口で言われ、荀ケは何か違和感を覚えた。しかし、華佗が調合した酔い覚ましならば頼もしい。華佗はなかなか気難しいたちであったが、医師としての腕は確かであった。
 郭嘉は包紙をわざわざ小さくたたみ、息を一つ吐くと、荀ケの方に体を向ける。正座する腿に拳を置き、少し頭を下げた。
「その、文若殿。昨夜はすみません。酒のせいとはいえ、無理矢理あのような…。」
 その言葉を、荀ケは残念に思ってしまった。そして、自分の中に小さな怒りが沸くのを感じた。すべては酒の勢いだったのだろうか。
「酒を飲むと誰にでもあのように?」
「まさか。文若殿にしか…。すみません。さぞ不快でしょう。俺が、あなたを、あのような…。」
「不快でないからこそ、逃げずにここにいるんでしょうが。」
「あの、それはつまり、良かったと?」
「そのようなことを聞くものではありませんよ。」
 からかいなどではなく、あくまで真剣に聞いてくる郭嘉に、荀ケは咳払いした。
「あなたが、私以外にも、誰彼構わず、あのようなことをするというなら、不快ですが。」
 言い始めて、これは、女が惚れた男に言う台詞ではないか、と気付き、語尾が弱まった。それでも郭嘉は最後まで聞き逃しはしなかったようだ。
「口説かれてるように聞こえるんですが、合ってます?」
 郭嘉はまた真っ直ぐな目で問うてくる。あまりに嬉しそうにされるので、きっとこの男は自分を特別慕っているのだろうと確信した。
「…さあ、合ってるんじゃないですかね。だいたい、私が、酒の勢いやただの好奇心で、男相手に体を許すとでも…。」
 荀ケが言うと、郭嘉は荀ケの両肩に手を置き、顔を寄せる。
「俺は、酒のせいで少々乱暴に、あのような形でしてしまったことに、後悔しているんですよ。俺が愛しいと思うのは、文若殿だけです。」
「たしかに、驚きはしましたが、あなたの悪戯など慣れていますから。なさけないですが、そのおかげで、私はあなたが好きだとはっきりわかりましたし。」
「…文若殿。すみません。接吻したいです。」
「まだ朝ですよ。」
 そう言っても、荀ケは少し気恥ずかしそうに目を逸らすだけで、やめて欲しいような素ぶりは見せなかった。郭嘉の左手が荀ケの顎を持ち上げる。手はひんやりと冷たいのに汗をかいていて、かすかに震えていた。昨日の慣れた手つきはやはり酒のせいだったのか。素面でいると、自分のような男相手にわかりやすく緊張する彼が、たまらなく愛しく感じられ、荀ケは微笑むように目を閉じた。郭嘉は唇をそっと重ね、少しだけ荀ケの唇を食み、顔を離した。意外にあっけなく終わったそれに、荀ケは思わず手を伸ばしかけたが、何も触れぬうちに手を引いた。
「朝ですからね。ここまでです。ふふふ、文若殿は物足りませんでした?」
 郭嘉は面白そうに荀ケの指を絡め取る。荀ケはうつむいて、違います、と呟いた。顔を上げなくとも、郭嘉が自分を見て笑っているのがわかる。からかわれるのは嫌いだ。しかし、絡めとられた指を、離したくはなかった。郭嘉の指は、冷たくて、細くて、自分の骨ばった指と馴染みが良かった。荀ケは、郭嘉に触れられることが、何よりの幸福だと知ってしまった。気付くのが遅かっただけで、もう随分と昔からこの男に好きだと言われたかったような気がするのだ。