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その日の夜になり、何事もなかったかのように、郭嘉は荀ケを逢引に誘った。外に出かけたいなどと言うから、荀ケはそれは体に良くない、と却下した。結局、いつも通り郭嘉の私室で過ごすことにした。
「今日は快晴。外出日和なのに。」
郭嘉はわざとらしくため息をつきながら窓を開ける。荀ケは何も言わず、隣に並んで窓から顔を出す。空気の澄んだ夜だった。頬をやさしく撫でる程度の風がたまに吹いた。外出をしなくとも、自分はこうしてこの男と同じ風を感じているだけで充分なのだ。ふと空を見上げてみると、真っ白な月が輝いていた。今夜はいざよいだった。ふと、郭嘉の横顔を盗み見る。郭嘉も月を見上げていた。もともと色白の肌が、蒼白く透き通っている。
「文若殿。俺は…生きたい。」
郭嘉は、見上げたまま、空に浮かぶ月を見つめたまま、語り始める。
郭嘉は、荀ケが曹操に推挙した名士の一人だった。自分が推挙しなければ、郭嘉はもしかすると、出征先で病をもらうことも、激務に追われて体を壊すことも、無かったのかもしれない。荀ケは、思わず謝ろうとした。しかし、荀ケより先に郭嘉が口を開く。
「あなたと共に、主公の治める世が見たいんです。」
その一言に、荀ケははっとする。自分はなんと愚かなことを思ったのだろう。曹操に対しても、郭嘉に対しても、あまりに失礼ではないか。曹操の天下を見ることが、自分たちの心からの願いなのに。郭嘉を推挙していなければなどと。
「あなたが主公に会わせてくれなかったら、俺は、つまらない人生をなんとなく生きていたと思います。主公ほど俺の才を見出してくれる人は、他にいない気がするのです。口うるさい人もいますが、皆で主公の天下のために働くのが、楽しくて仕方ない。」
そう言うと、荀ケに顔を向ける。真剣な顔の郭嘉に真っ直ぐ見つめられ、荀ケは息を飲んだ。
「それが出来なくなるのは、死ぬよりつらい。酒が増えたのも、華佗殿に病だから休めと言われてからです。でも、こうしてあなたの隣にいることで、酒など無くても充たされて。あなたと、主公のために、精一杯生きようと思えた。…自分の為すべきことを為さずに生きるなら、死んでいるのと大差ない。」
「…奉孝。」
「…まあ、なんというか、本音を言うと、あなたの前では最後まで格好つけたいだけなんですよ。病で寝ているだけの俺なんて、見てほしくない。幸い、薬の効いている間は、この通り、元気ですから。」
もしも自分が郭嘉と同じ状況だったら、きっと自分はそう思えない。自分の命を選ぶに違いない。病で休養することを、誰も咎めないのだから。自分は、郭嘉の考え方とは違う。でも、だからこそ、郭嘉の考え方は尊いと思った。格好良いと思った。郭嘉の選ぶ道は、かなしかったが、荀ケはますます郭嘉に心酔した。