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とても綺麗な女の人だと思った。
白く透き通るような肌に、艶やかな黒髪。小柄で華奢な体つきなのに、まっすぐに立つ姿には揺るぎない強さを感じる。
蝶がはねを広げたような模様の羽織が、まるい電球の明かりの下でひらりと揺れた。

「冨岡さん」

鈴を転がすような声で、その人は玄関先から土間に立つ私たちを見下ろすように立っていた。

「随分と遅い時間に、よく尋ねて来られましたね」
「……胡蝶」

冨岡さんは短く名前を返したきり、余計な言葉を足そうとはしない。
対する彼女――胡蝶と呼ばれた女性はにっこりと優しい笑みを浮かべている。けれど、その紫がかった瞳の奥はどこか笑っていないようにも見えて、私は少し怯えてしまった。

「野良猫拾ってくるあの子たちの方が、まだマシです」

告げられる言葉は丁寧なのに、刺々しく感じるのはなぜだろう。

「冨岡さん。例えここがそういう場所であろうが、誰彼構わず面倒を見れるわけではありません」

隣に立つ冨岡さんは、どこか居心地が悪そうに視線を泳がせていた。
町を抜けて、街灯すらまばらな真っ暗な山道を歩くこと小一時間。寒さに震えながら彼の背中についていき、辿り着いたのがこの大きなお屋敷だった。
やっと温かい場所にありつけると思った矢先、待ち構えるようにして彼女は出迎えてくれたのだが。

「それに、そういうことをするなら責任はちゃんと自分でお持ちになってください。寄るのない人を拾ってくるのは結構ですが、そうやって丸投げして放り出すのはどうかと思います」

畳みかけるような厳しい言葉に、怖い人なのかなとやはり怯えてしまう。
自分の存在が原因で、この場をひどく険悪にしてしまっていることに、申し訳なさと居たたまれなさを感じた。

「……女のことは、女に任せた方がいいと思った」
「本当に。冨岡さんは言葉が足りませんね」

ここは一体、どこだろう。学校?いや、冨岡さんも胡蝶さんも同じ学ランのような服を着ているが、とても学生には見えない。
制服というより、どこか戦う人の服に見える。肩のあたりが張っていて、生地は分厚く、簡単には破けそうにない。

「どこで拾ってこられたんですか?」
「見回りの途中だ。道端で泣いていた」

ちらり、と冨岡さんを見上げてみた。腰に差された刀はまるで、物語の中から抜け出した武士みたいだ。

「帰る家は?」

ふと冨岡さんが振り返り、胡蝶さんに聞かせるように改めてこちらに問いかけた。
私は視線を逸らしながら、小さく首を振る。

「行く当ては?」
「……ありません」

今度もそうやって首を横に振るしかなかった。そんなやり取りに、胡蝶さんはわずかに眉を寄せて、私をじっと見つめる。
そして「お嬢さんは、どちらから来られたのですか?」と、声を落として丁寧に問うた。

「……死んだ、はずなんです」
「え?」
「大きなトラックに轢かれて……」
「とらっく?」
「事故に遭って……私は死んだからここに来たんです」

そう、私は死んだ。死んだはずなのに。
あの暴力的な衝撃をまともに受けて、無事でいられるはずがなかった。

「でも、おかしくて。お腹も空くし、雪が降ったら寒くて……怪我も治っていて。ここは……死んだ後の世界じゃないんですか?」

必死に訴えかける私の声を、二人は静かに受け止めていた。
その沈黙が恐ろしくて、私は自分の異常さを証明するように、震える声で言葉を重ねる。

「本当なんです。あんな事故で、助かるはずがなくて……」

鮮明に蘇る記憶と、アスファルトの冷たさ。息が乱れた瞬間。

「横腹から血がたくさん出て、内臓だって飛び出て。それで、」
「もう大丈夫だ。言わなくていい」

遮るように告げられた冨岡さんの声に、私は小さく息を呑み込んだ。
はっと顔を上げると、胡蝶さんも冨岡さんも、どこか痛ましげな顔をして私を見つめている。二人のその表情を見て、頭がすっと冷えていくのが分かった。
失敗したかもしれない。せっかくここまで連れてきてもらえたのに、またあの小道へ戻されてしまうかもしれない。頭のおかしな子だって思われたに違いない。
そして同時に、はっきりと理解してしまった。二人のその眼差しが、何よりも雄弁に物語っている。
ここは天国なんかじゃない。私はただ、知らない場所に、生きたまま放り出されてしまったんだって。

混乱する私に、胡蝶さんはまるで傷口に触れるかのような手つきで、そっと私の肩に手を置いた。

「大丈夫ですよ。もう、あなたを傷つける鬼はここにはいません」

――鬼。またその言葉だ。
あまりの食い違いに訂正したくても、彼女の瞳があまりに真剣で、優しくて、私は何も言い出せなかった。

「わかりました。しばらく蝶屋敷で面倒をみましょう。……冨岡さん、よろしいですね」
「ああ」

胡蝶さんは優しく微笑むと、私の背中へとそっと手を回し、屋敷の中へと歩みを促してくれる。

「さあ、あがってください。今夜は冷えますから。まずは温かい布団に入って、身体を休めましょう」

導かれるままに土間を上がり、板張りの廊下へ足を踏み入れる。後ろを振り返ると、冨岡さんは戸の近くに立ったまま、屋敷に上がってくる様子はなかった。

「お館様への報告と、彼女のこれからのことは、また後日こちらから文を出しますね」
「……頼む」

そして冨岡さんは私の方を一度だけ見やり、雪がちらつく闇の中へ歩いて行ってしまった。










案内された部屋は、意外にもこぢんまりとしていた。

「この部屋が空いていますから、好きに使ってくださいね」
「すみません、ありがとうございます……」
「私は別の棟の部屋にいますが、何かあればいつでも呼んでください」
「は、はい」

高い脚のついた寝台と机、古びた棚が並んだ洋風のお部屋。
白を基調とした無機質な空間は、どこか見覚えのある病室のような雰囲気を漂わせている。
お屋敷の外観が立派な日本家屋だっただけに、扉を開けた先に広がる西洋風の造りは少し意外だった。
胡蝶さんは慣れた手つきで押し入れから布団を取り出すと、寝台の上に手際よく敷いてくれる。

「本当は今すぐにでも湯槽に浸からせて差し上げたいのですが……あいにく、今夜はもうお湯を落としてしまったのです。申し訳ないですが、明日まで我慢していただけますか?」
「も、もちろんです」
「それから、これを」

そう言って押し入れの奥から取り出し、手渡されたのは深い藍色の布地だった。

「これは……?」
「浴衣です。今夜はそれを着てお休みになってくださいね」
「何から何まで、本当にありがとうございます」

受け取って軽く広げてみると、小柄な彼女の持ち物にしては少し丈が長そうに見えた。誰か別のお手伝いさんのものか、あるいは予備として置いてあるものなのだろうか。

「細かいことは明日、落ち着いてからお話しましょう」

布団の端に浴衣の帯をそっと置き、胡蝶さんは灯りの火を小さく絞って部屋を出る準備を整える。
引き戸に手をかけた彼女の背中を見て、私は思わず声を張り上げていた。

「あの、胡蝶さん!」
「はい?」
「本当に……助けていただいて、ありがとうございました」

深々と頭を下げると、振り返った胡蝶さんはふわりと優しく目を細めた。
玄関にいた時とは全く違う、花がほころぶようなその表情に、なぜかまた泣いてしまいそうになる。
ここにいる人たちは、どうしてこんなにも優しいのだろう。
凍えそうだった私の手を取ってくれた冨岡さん。見ず知らずの怪しい私を迎え入れてくれた胡蝶さん。
見返りも求めずに差し伸べられた温もり。どうして他人にそんなことができるのだろう。

「ここは『鬼殺隊』といって、物騒なことも多い場所ですが、人はみな優しい方ばかりなんですよ。冨岡さんだって……あの方なりに、あなたを心配しているんです」

きさつたい。
聞き慣れないその言葉も、この世界がどんな場所なのかも、まだ何も分からない。
けれど、この人たちが向けてくれる温もりだけは、決して嘘じゃないことだけは分かった。

「今日はゆっくりお休みくださいね」

静かに告げて、胡蝶さんはゆっくり戸を閉めると行ってしまった。
一人きりになった部屋で、私は深く息を吐き出す。
今日は、あまりに濃い一日だった。重たいダウンジャケットを脱ぎ捨てて藍色の浴衣に袖を通すと、身体が一気に脱力した。
吸い寄せられるように寝台へと身を投げ出す。ふかふかの掛け布団に身体を沈めると、あっという間に意識を手放していた。



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