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「おかえりー。」
名前は地下室のソファでコーヒーを飲みながらひらひらと手を挙げた。
テーブルにはもう一つカップとソーサーが置かれている。用意してくれた気持ちは大変ありがたいが、他人が手を加えた飲食物を摂取するわけにはいかない。それを知ってか知らずか彼女は見てて、と一口飲んでから僕に差し出してきた。仕方がないのでありがたく受け取り口に含む。おかしいと思えば吐き出してしまえばいい、そんなことを考えながら。
「…おいしい。」
淹れたてではないようでクレマ、ボディ、ハートと三層にはわかれていなかったが、豆の深い香りと苦み、酸味、旨味のバランスが最高だ。悔しいが先日僕が淹れたものより数倍、おいしい。
「精進します。」
「淹れてる歴が違うからね。エスプレッソだけはこだわっているの。」
ドヤ顔の彼女は初めて見たかもしれない。
「あ、そういえばさっきジンに報告したよ。」
奴に見つかって少し痛い目を見ればよかったのになァ。と似ても似つかないジンの真似をしながら教えてくれた。僕達には死ねだの殺すだの直接的な言葉を使うのにやはりこの少女はジンにとっても特別なのだと再認識した。
彼女には申し訳ないが利用させてもらう日もそう遠くないだろう。


あの後疲れているだろうから帰っていいよ、と帰宅許可が出たので自宅に帰ることにした。シャワーを浴びて寝床へ横になる。時刻は午前二時。今日は朝からシフトが入っているが四時間は眠れるだろう。目を覚ましたら僕は安室透だ。