02

カランコロン、ドアベルが小気味よい音を奏でる。
「おはよう、安室さん。」
声を掛けてきたのは僕も一目置いている小さな探偵くん。
大欠伸をした僕の師匠である毛利探偵が後に続き一直線にいつものボックス席へ向かう。
「おはよう、コナンくん。毛利先生、おはようございます。」
「おぉ、安室。モーニング2つ。」
毛利小五郎は右手を軽く挙げ未だ眠気の醒めやらぬ顔をして答えた。
「かしこまりました。」
手際良くモーニングを準備する。厚切りトーストにスクランブルエッグ、それにプチトマトを2つ。
毛利先生は少し濃いめのホットコーヒーがいいだろう。彼も本当はコーヒーがいいのだろうが僕にはオレンジジュースしか頼まないのでいつも通りそれを用意する。今日は土曜日だが早朝ということもあってか彼ら以外の客は常連のおばあ様だけだ。
毛利探偵と少しコミュニケーションを取ろうと給仕のタイミングで話を振る。
「お待たせしました。毛利先生、今日はお早いんですね。」
「あー、そうなんだ。もうそろそろ依頼人が来るんだがあいにく蘭は合宿でな。遊びに行くこのボウズと一緒に朝飯を食いにきたってところだ!」
先程と打って変り、完全に目の醒めた毛利探偵が声高らかに説明してくれた。
コナンくんはその声の大きさに顔を顰めながらオレンジジュースを飲んでいた。
「噂をすれば、依頼人とは彼女のことではありませんか?」
二階の毛利探偵事務所を見上げ不安そうに立ちすくむ女性を手指した。
このままここで話を聞いてしまえば後で調べる手間が省けると思い、その女性をポアロへ招き入れる。
彼女は東都大の三年生で、江口ユリさんと言った。学校やアルバイトの帰りが遅くなると必ず誰かに後をつけられているというのだ。
「警察にも相談したんですが、実害がない今の状態ではどうしようもないと…。」
悔しいが彼女の言っていることは大抵の警察官が言う。一日に何件も来る相談に一介の、何の権力もない警察官がいちいち対応していられないのが現状だ。
とはいえ、何かあってからでは遅いことは全員がわかってはいる。心の中で警察官を代表して謝罪する。
「必ずや犯人を捕らえ、ユリさんの前に二度と姿を現さないようにさせますので!」
所謂ぴちぴちのかわいい女子大生、にいいところを見せようと気合十分の毛利探偵に呆れ顔の小さな探偵くん。今回は君や僕の出番はないようだ。
とはいえ、毛利探偵と少年の行動を観察すべく調査への同行を申し出た。
その日の夜、彼女がアルバイトで帰宅が遅くなると言うので僕はストーカーに見えないよう彼女の数メートル先を歩く。毛利探偵はコナンくんと一緒に彼女の後ろを中心に警戒する。

…結果だけ言うとストーカーは白、だった。
今日も彼女は後をつけられており、アパートに入るのを見て踵を返すストーカーを毛利先生と共に捕らえたのだが…。
「彼氏ぃ?!」
「はい、そうなんです。二週間前に喧嘩をしてしまって連絡を取っていなかったんですが…。」
聞けばその彼氏とやらは喧嘩しても尚彼女のことが心配で陰ながら見守っていたそうだ。しかしあくまでも喧嘩中、顔を合わせたり連絡することは一切止めていたらしい。
彼氏ならば彼女の予定を把握して夜遅くに帰宅する日も知りえただろう。
「そういうことだったんですね。お騒がせではありますが何事もなくて本当によかったです。」
依頼人に彼氏がいたことにショックを受け項垂れる毛利探偵に代わり締めの挨拶をする。
彼女にストーカーと間違えられたことのショックと一本背負いの痛み、二週間にも及ぶ喧嘩が終わる喜び。様々な感情でいっぱいなのだろう。彼は毛利探偵に投げられたときに痛めた腰を撫でながら困り顔をしている。
「本当に申し訳ありません。依頼料は明日必ず振り込みますので!」
では、と仲良く部屋へ入る二人を見送り肩を落とす毛利探偵を連れその場を離れようとしたとき。
「ケンゴ、ケンゴ!!」
必死に男性の名前を呼ぶ声とドアを叩く音が依頼人の部屋の隣から聞えてきた。
その只ならぬ雰囲気に中てられその音が聞こえた部屋に入る。
「どうしたの!」
どうやらコナンくんも同じものを感じ取り入ってきたようだ。
「なんなんだ、あんたら。」
「ケンゴが、ケンゴが、」
先程の声の主は彼女のようだ。取り乱していて話が聞けそうにない。隣にいた男性に説明を求めると狼狽しながらも状況説明に応じた。
「中にいるのは会社の同僚でこいつの彼氏の垣内ケンゴだ。ちょっと言い争いになって部屋に閉じこもっちまってよ、そしたら急に中から呻き声が聞こえて…。」
「その声は今はしないようですが?」
「あんたらが入ってきてからは何も…。」
しどろもどろになりながらも説明をしてくれた彼も焦っているようだ。右手がパーカーのポケットにあったのが少し気になりはしたがまずはドアを開けてみないことには始まらない。
「では、ドアを開けさせていただきますね。」
垣内さんが籠城している一室は通常のアパートには珍しく施錠が出来るタイプであった為止むなくピッキングをさせていただくこととした。
「ちょっと、安室さん!いいの?」
「いいもなにも、この状況でこの人たちが黙って見ていたということはおそらく合い鍵はない、ドアを突き破るには少々骨が折れる。この方法が一番良いと思いますよ。」
それはそうなんだけど…と納得のいかない表情の少年を放置し解錠を進める。
「開きました。いいですか、中に入るのは僕とこの少年だけで…」
す。と言い終わる前に被害者の関係者である二人に押しのけられ侵入を許してしまった。
「ケンゴ!!ケンゴォ…!!」
女性は床に横たわる男性に泣きつき、彼もそのそばに座り込んでいた。泣き喚く彼女と一緒に被害者の側に寄り冷静に現状把握を行った少年は一言。
「安室さん。アーモンド臭がするよ。」
「わかりました。警察を呼びます。」
「その必要はねぇ。俺がもう呼んだ。」
今までどこにいたんだ、とつい口から出そうになったが先程の情けない姿とはかけ離れ、キリリと決めた眠りの小五郎に尊敬の念を覚える。
「警察が来るまで何も触るな、それまでは俺の指示に従ってもらう。」
窓、ドアは施錠されていることをコナンくんと二人で確認した。これは完全な密室だ。