03

数十分後目暮警部、高木巡査部長、鑑識数名が到着した。
「亡くなったのは垣内ケンゴさん、二十三歳。青酸化合物による中毒死です。彼が飲んでいたペットボトル飲料に毒物が混入されていました。」
「ほう。それで今回はなぜここにいるのかね、毛利くんとお弟子さんは。」
「いやー、たまたま依頼人がこの隣の部屋の住民でして…。」
まーた、お前か。と呆れ顔で詰められる毛利小五郎、かつての上司の前では名探偵も形無しのようだ。
「それで、毒物が入っていた容器などは見つかったのかね?」
目暮警部の質問に対し、コナンくんがいち早く回答する。
「刑事さん達が来る前に少し部屋の中を見たんだけど、この中にはなかったよ。」
「…だそうです。他の部屋に関しては現在鑑識さんが。」
「この部屋には鍵が掛っていたと聞いたが?」
そう、前述の通りこの部屋は完全なる密室だった。通常であればこの男性は自殺、という結論に至るのであろうがどうもそうとは言い切れない部分がある。
まずは先程警部が質問した毒物の在り処が不明な点。次に友人が自宅を訪れている際にわざわざ自室を施錠し死に至った点。友人達にトラウマを植え付けたい、という願望があったのなら話は別だが。また、当人たちに話を聞いた限りでは部屋に閉じこもった理由とされるケンカも些細なものだった。
「部屋には鍵、窓も施錠されていました。ということは、自殺…と、普通は思うのでしょうがこれはれっきとした殺人です!」
声高らかに毛利探偵が主張する。
「殺人ですって?!ケンゴは自殺したんじゃないの?」
先程まで取り乱していた被害者の交際相手が身体検査を終え部屋に入ってきた。
「この女性は?」
「被害者垣内ケンゴさんの彼女で本郷リカさん、そしてこちらが同僚の田尻サトシさんです。」
彼女の後ろから男性が登場し、この事件の関係者が出揃った。
「自殺と決めつけるには不可解な点があるのです。」
僕は先程考えていた内容をみなさんに説明する。
「ところで、我々にもそのケンカの内容を教えていただけますかな?」
「はい。私達はよく休日になるとキャンプに出掛けていたんです。それで来週も行くことになりケンゴに車を出してもらおうとしたんです。そしたら、サトシが…。」
「俺が、お前の運転は下手だから嫌だって言ったんです。」
「それだけですか?」
「はい。私達もそれだけで、とは思ったのでしばらくそっとしておくことにしたんです。」
「それからお二人はずっと一緒にいたんですか?」
「いえ、私もサトシも一回ずつお手洗いに立ちました。」
被害者が亡くなっていた部屋の斜め前にトイレがある。トイレに行くと言って席を立ち彼のいる部屋に向かうことは可能だ。しかし、鍵はどうなる。
「そういえばさあ、この人なんでこんなにジュース塗れなのかなぁ?」
リビングには別のコップが人数分置かれていたので彼が飲んでいた炭酸飲料は部屋の中の段ボールから取ったと推測される。
「大方急いで箱から取って泡立っちまったんだろうよ。」
鑑識から呼ばれ耳打ちで話を聞いていた目暮警部が本郷さんを呼んだ。
「本郷さん、この小瓶に心当たりは?」
「知りません!私じゃありません!」
御賢察のとおり小瓶の中身は青酸化合物である。それが彼女と被害者が同棲するマンションのキッチンにあったとなると自殺。あるいは彼女への疑いがますます深くなる。
「目暮警部…これはやっぱり自殺なんじゃ…。」
「おいおい、毛利くん。他殺だと言ったのは君じゃないか。」
うーん、と頭を悩ませる刑事、探偵を余所に現場に不釣り合いな無邪気な声が良く通った。
「ねぇ、お兄さん。僕おなかすいちゃったなぁ。あ!そうだポケットに入ってるそのお菓子僕にもちょうだい?」
「いや、あのこれは…。」
「そういえば、あなたのそのリング、とても素敵ですね。少し見せてもらってもいいですか?」
今回は眠りの小五郎は登場せず解決に導くようなので犯人を追いつめる発言に協力する。彼は犯人と疑われ焦る彼女の後ろにひっそりと立ち右手に嵌めたリングを後ろ手にし、しきりに触っていた。
「こ、これは…。」
咄嗟に前に出した手を取り指輪を外す。内側に刻印が入っている。
「K to R、このリングはケンゴさんからリカさんへ贈られたリングでは?」
「…!そうだよ。これはあいつがこの女にプロポーズする為に用意した指輪だ。」
少年と僕の質問に半ば諦観したような顔つきで事件のあらましを話し始めた。
「エミコを捨てたくせにこの女とさっさと結婚するなんて許せなかったんだ。」
エミコというのは被害者垣内さんの元交際相手らしい。
「それは、あなたが恨みに思うことではないと思いますが。」
「そうだな、ただ別れただけならこんなことはしなかったさ!あいつが借金を肩代わりさせて自殺に追い込んだりしなければな!」
彼は怒りに震え拳を握りしめた。
「そ、そんな…だって彼は借金を返し終わったって…。」
「エミコの母親に見せてもらった遺書にそう書いてあったんだ。彼女があんな苦しんで死んだのにお前らだけのうのうと幸せを貪るなんて許せない。だからサプライズに協力するふりをして殺してやったんだ。ついでにお前のせいにしてな。」
被害者が部屋に籠ったのはプロポーズのサプライズの一環であり、練習をするためだったらしい。彼や彼女がよく飲んでいた炭酸飲料に指輪を入れておく。そこにラムネ菓子を入れ泡を噴き出させると指輪が出てくる、という算段だったそうだ。トイレに行くと偽り被害者のいる部屋に赴く、最終打ち合わせをしている最中に毒付きのラムネ菓子を部屋に置き立ち去る。指輪はその時ついでにくすねておいたらしい。彼女に入られないよう施錠しろとでも言えば密室の完成だ。そして扉を開け室内に入ったときに計画が露呈しないよう菓子を回収したと自白した。
「指輪なんて持ってこなければよかったな。」
後悔し、警部に連れて行かれる犯人にトドメを刺す。
「指輪はもしかしたら、と思っただけです。」
「最初から犯人はお兄さんだって分かっていたよ。だってお兄さん、僕達がここに来たとき慌ててたはずなのに右手をポケットに仕舞っていたじゃない。鑑識さんが調べて何も言わないってことは毒は付着していなかったんだろうけど、その時は調べる前だし安心できなかったから触った右手を使わないようにしていたんでしょ?」
さすが平成のシャーロックホームズ。早々に事件を解決に導いてくれた。
「いやぁ、お手柄だったなコナンくん。」
「そうですね、僕や毛利探偵の出番がありませんでしたよ。」
「い、いやたまたまだよ、たまたま!」
しどろもどろになりながら答えるコナンくんは先程殺人犯を自白に追い詰めた凛々しさは微塵もなかった。
何はともあれ一件落着だ、早めに毛利探偵達と別れ仕事に備えよう。
「それでは、僕はこの後用事がありますので。事情聴取はまた後日でもよろしいですか。」
「はい、ご協力ありがとうございました。」
今まで影の薄かった高木刑事から許可を得、その場を離れる。簡単な調査の依頼だと思っていたのにまさか事件に遭遇する羽目になるとは。