20

「こんばんは、ベルモット。」
カラン、と電話越しに氷がグラスに当たる音がする。
「どうしたのバーボン。」
「貴女、彼女が味覚障害だと知っていましたね。」
「えぇ、知っていたわ。それが?」
「どうして、治してあげようとしなかったんですか。」
「あら、随分肩入れしているようね。」
「当たり前です。彼女は今まで一人で戦っていた。僕は医者ではないので詳しいことは分かりませんが、彼女を取り巻く環境がストレッサーになり発症したと考えられる。…被害者ですよ!」
らしくない、組織の人間に情を抱くなんて。そうは思っていたがどうもこの苛立ちは収まらなかった。
「…そうね。私がもっとうまくやれていたら、こんなことにはならなかったわね。」
悄然と言葉を発するベルモットに正気を取り戻した。彼女も名前を大切に思っていたんだ。組織の手前彼女に出来ることは少なかったはずだ。
「すみません。貴女を責めるのはお門違いでした。」
「いいのよ、本当のことだから。」
その後冷静になり少しベルモットから彼女の情報を聞き出すことが出来た。名前は幼少の頃日本に連れてこられた。その後少しずつ味覚が失われていき、不眠もその頃から始まったようだ。くれぐれも、頼むわね。そう言って聴こえてきた切実そうな声はすぐに無機質な機械音へと変わった。
彼女は名前を救いたいのではないか。ベルモットが彼女にした贈り物の靴の意味は“この靴を履いて私から離れてください”
悔しいが日本警察が総力を挙げ調べてもクレオパトラとしてだけではなく一般人としての彼女の情報も何ひとつ出てこなかった。彼女の容姿から考えると外国籍である可能性もある。癪ではあるがあの男に協力を仰ぐしか手はないようだ。

「…赤井秀一。」