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バーボン…いや、降谷さんの仲間の車に乗りやってきたのは博士の家だった。
「今からここで貴女の健康状態を診てもらいます。普通の病院では対応できないからな。」
「それで博士の家って、私また実験でもされるの?」
バカ、そんなことさせるわけないだろって軽いげんこつを一発。叱られているはずなのに悲しかった心が少し暖かくなった。
「…哀ちゃん?」
博士に案内されて初めてやってきた地下室で待っていたのは以前も世話になった大人びた少女、灰原哀だった。
「彼女はあの組織で科学者をやっていた、シェリーだ。」
降谷さんから説明を受けたが驚きを隠せなかった。
「え!え!私のこと知ってた?わかってた?」
「いえ、わからなかったわ。名前さえ聞いたことがなかったもの。」
「そっかーそんなに隠されてたんだね、私。」
深く考えずに言った言葉に哀ちゃんは少し顔を歪めた。
「大変だったわね。これからは私も味方だから。」
握られた手は少し震えていた。
一通り検査を終えリビングで博士とお茶をしていると数枚の紙を持って哀ちゃんがやってきた。
「こんな時間にドーナツなんか食べて!明日はお昼抜きだから。」
博士に向かって怒る彼女を見て何故か懐かしい気持ちになった。本で見た家族とは違うけど本当はこういうものなのだろうな。
「結果を聞かせてくれるかい?」
「ええ、そうね。」
降谷さんに促され哀ちゃんは説明を始めた。
「まず、名前さんに投与されたものは成長阻害剤の一種と考えられるわ。すぐにとはいかないけれど促進剤の投与、服用を続けていけば年相応の身体になると思うわ。二週間に一回点滴をしましょう。家で薬を飲むことを忘れないで。あと、味覚障害と睡眠障害についてだけど。これは心因性のものね、ストレスが軽減されたら治っていくはずよ。」
哀ちゃんは凄いな、かっこいいな。なんて考えていたら正直半分以上何を言っているか理解が出来なかった。
「きちんと聞いていたか?」
「うぇ?うん、聞いてた聞いてた。」
「…そういうところがあるみたいだから気に掛けてあげて。」
「哀ちゃん、お母さんみたい。」
フフフと呑気に笑っていると二人から鋭い視線が向けられた。
「…ごめんなさい。」



検査を終えやってきたのはとあるマンションの一室。
「これからここで一緒に生活してもらう。パソコンは哀さんの許可が出たら設置しよう。」
「わかった。…ねえ。」
「なんだ?」
「なんでバボじゃなくて降谷さんだとそんなにきついの?優しくない…。」
本音を口にすると降谷さんは少し驚いた顔を見せた後眉を下げた。
「これが本当の俺なんだが、だめだろうか。」
「…うっ。」
降谷さんに犬の耳が見える、垂れている。その顔はずるい。
「だめじゃないけど、けど、あまり怒らないで欲しい。」
バーボンと過ごす穏やかな日々が心の支えだったから、と小声で口にすると笑顔で分かった、と言ってくれた。
引っ越してきて一日目に一人にして申し訳ないが…とまたも落ち込んだ犬のように謝罪をしてから降谷さんは仕事に出て行った。まあ、あんな偽装工作をしたのだから公安的に根回しをしなければいけないのだろう。頭ではわかってはいたが少し寂しい。この情けない感情は口にはしないが今までずっと抱えていた。それでも私には任務があってそれに一生懸命取り組んでいれば寂しさは紛れた。今はそれがない。正直どうしたらいいかわからずソファの上で膝を抱えた。
ハッと、思いついて立ち上がる。これからはこの部屋で一緒に暮らすと言っていた。部屋の中を少し見て周ろう。
今いるリビングダイニングは灰色と白でまとめられている。床材や壁紙、ドアなどは白い木材で、清潔感がある。テレビ、テーブル、ソファと必要な家具は揃っている。キッチンは前の家よりも広く感じる。ちゃんとエスプレッソ用の機械が置いてあるのを見て笑みが零れた。リビングに隣接した約五畳の洋室の中には系統の違う洋服が沢山掛けられていた。その中に私の体のサイズに合った洋服も含まれている。以前本で見た衣裳部屋だ!と目を輝かせてしまった。小さなデスクもあったので降谷さんが仕事で使うのかもしれない。
玄関近くの向かい合った部屋のドアには降谷、名前と簡易的に名前が書かれた紙が貼られていたので各自の部屋なのだろう。自分の部屋の中だけ見ておこうと白い扉を開ける。ダブルサイズのベッドに大きなテディベアが我が物顔で鎮座しているのが面白い。降谷さんにも意外とお茶目な部分があるのかもしれない。それが可愛らしくて愛おしくて、ルームツアーを切り上げベッドにダイブする。
「…かわいいい〜…。」
先程まで抱えきれないほどに抱いていた寂しさをいつの間にか手放し暖かさを目一杯感じて自然と顔が綻んだ。