04

クレオパトラなる少女の家へ向かう道すがら昨日のことを思い出していた。
ベルモットが滞在しているホテルまで送り届けるため再び彼女を車へ乗せる。
「彼女は、」
僕がいつ話を切り出すか考えあぐねていたことを分かっていたかのように彼女は話を始めた。
「彼女は組織にとってとても重要な人間。そしてその存在はトップシークレット。コードネームを持ちながらも今までその存在が探り屋バーボンの耳にも入らないほどにね。」
愉快そうに煙草に火をつけ僕に向かって煙を吐き出した。
組織のナンバー2、ラムのお気に入りと聞きどんな屈強な男かはたまたベルモットのように眉目秀麗な女性かと思えば年端もいかない少女ではないか。
その少女がどのような経緯で組織に在籍するに至ったかわかりかねるが、少女さえも組織の駒として扱う組織の非道さに吐き気がする。改めて組織の黒を目の当たりにし憤りで体が震えた。
昨日と同じ駐車場に車を止め例の一軒家へ向かう。ベルモットが行った手順通りに事を進める。まずインターホンへの接触はおそらく指紋認証、ドアスコープは虹彩認証といったところだろう。瞳は致し方ないとしても指紋を組織の人間に採取されるのは危険だ。風見に用意させていた指紋シールを貼った指で認証機に触れた。
偽りの指紋に異常を来すことなく滞りなく城へ登城し改めて玄関を見回す。昨夜は気付かなかったがキッチンにたくさんの調味料が並んでいる。塩、胡椒などの一般的に使用するものから始まりジョロキアパウダーなどの所謂辛党が好んで使用する香辛料などもある。インド人顔負けの品揃えだ。僕も料理は好きな方だがここまでは持っていない。
少しの対抗心が芽生え、明日にでもトリニダード7ポットペッパーを買いに行こうと画策した。散々組織の仕事や違法作業をしてきた身なので何を言っているのだと嘲笑されてしまうのだろうが人様の家の冷蔵庫を勝手に物色することは憚られた。ので開けてはいないが中身は容易に想像が出来る。
卸問屋のようなスパイス各種が揃っている割にシンクやIHは使用した形跡がない。放っておくと輝きを失ってしまうシルバーも水垢一つ無い。ただの綺麗好き、と片付けるには少々無理がある。
「そこは使ってないよ。私料理できないから。」
正直、とても驚いた。このような少女に背後に立たれたにもかかわらずこの僕が全く気付かなかったのだ。
「こんばんは、クレオ。」
彼女は月明かりに照らされ表情こそわからないが笑みを浮かべている気がした。あくまで気がしただけだ。相変わらず声の抑揚はない。
「私あんまり上にいたくないから早く下に行こう。」
小さな手に引かれキッチンを後にした。