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薬を受け取る際にパソコン使用の許可をもぎ取ってきてもらった。今日は風見さんが設置に来ている。いい加減本ばかり読んでいるのも飽きてきたところだった。
「風見さんありがとう。」
「少しばかり凄まれてしまったよ。使用は程々にするようにって。」
哀ちゃんの凄みは迫力がある。取り上げられないよう調整しなければ。あまり怒られるのは得意ではない。
目を覚ましたとき私は自室に居てリビングには大荷物を片付ける風見さんしかいなかった。
「そういえば降谷さんは?」
「出ています。」
「なんで。」
「私は止めましたが様子を見に行くと。」
「なんの。」
「存じ上げません。」
作業の手を止めず淡々と返してくる。絶対に知っているはずなのに、風見には言うのに私には何も言ってくれないのか、得も言われぬ感情の発生に戸惑った。
「そうへそを曲げないでください。」
「私のおへそは曲がってないよ。」
「機嫌を損ねることをそう言うんです。」
一つ賢くなった気がする。彼らと過ごしていると今まで感じたことのない感情をたくさん感じることが出来る。私が知らないだけでその一つひとつの感情に名前があるんだろうな。
「降谷さんからはリビングにこれらを設置するように仰せつかっています。配置などご希望があれば都度仰ってください。」
「風見っていちいち難しい言葉遣いする。」
「貴女の勉強になれば、と思いまして。今後生きて行く上で敬語は社会人に必須のスキルです。」
手を止め一度だけこちらを向きながら言った。彼も私がこれから生きていけるように、と考えてくれているのだと感じ胸の辺りが暖かくなった。
「風見―ありがとう!」
大きな背中に抱きつくと焦ったような声で止められたがこの嬉しい気持ちを表現する方法がわからないのでこれくらいのスキンシップは勘弁してほしい。
「なんだか楽しそうなことをしているな。」
地を這うような声が聞こえたので振り向くとつり上がった眉に青筋を浮かべた降谷さんがいた。黒いキャップに黒いパーカー、黒いチノパン全身真っ黒だ。そんな格好一般人がしたらダサいはずなのに着こなしているイケメン恐るべし。
「ふ、ふ、降谷さんこれは不可抗力です、」
「私の方が怒りたい気分なんですけど。まだ完治していないのに何してきたの!」
「君には関係ない。」
かっちーん。頭にきた。なんで風見と仲良くしていただけで不機嫌になられて、悪いことしているのは降谷さんの方なのに。しかもそんな突き放すような言い方されて。
「もういい。バーボンのバカ。」
風見が持ってきたノートPCを持って部屋に籠る。降谷さんの技術があれば鍵なんてあってないようなもの、気休めではあるが施錠をしハンガーの針金を分解して取ってに絡みつける。これでちょっとは時間稼ぎになるだろう。
彼を稚拙な言葉で罵倒し、飛び出してから数分後、パソコンの起動を待っている間に降谷さんが部屋の前にやってきた。恐らくドアの前に立っている、足音が止まったがこちらへの呼びかけはない。体感ではとても長く感じられたがたかだか数分だろう。結局声を掛けることなくリビングの方へ戻って行った。
造りで見てとれるがかなり家賃も高いだろう。部屋に入ると話声は聞こえない。もう少し早く設置が終わっていればデスクトップの方に盗聴システム入れられたのに。過ぎたことに気を取られても仕方ない。とりあえず今組織がどういう状況なのか把握しておく必要がある。
狙撃の腕も頭の回転も早いジンもコンピュータシステムには精通していない。入り込むならジンのPCが一番手っ取り早く安心だろう。
黒い画面にたくさんの英数字が並ぶ、久しぶりの景色に少し気持ちがだれた。あまりスペックの高くないノートPCだ処理速度が今までのものより格段に遅い。これは時間を掛けなければいけないようだ。