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名前も掲げられていない、面会謝絶の文字だけがその部屋にどんな人物がいるのかを物語っていた。草臥れたグレーのスーツを着た男は医師から説明を受けていた。
「自発呼吸ははっきりしてきました。バイタルも安定しているのでもう戻ってもいい頃だと思いますが…。」
降谷は言い淀む医師を真っ直ぐ見据えゆっくりと口を開いた。
「あとは彼女次第ということですか。」
降谷は病状説明をされた一室を出て未だ意識を取り戻さない眠り姫の元へ向かった。長年追い続けた組織の壊滅を遂げ数カ月、掃討作戦の影の立役者である名前は警察病院のベッドに身体を横たえたまま微動だにしていない。


数ヶ月前、河川敷で倒れているのを宮野志保が発見した。彼女に会った際小型の発信器を付けていたと涙ながらに説明していた。傷だらけの彼女が病院で処置を受けしばらくし、降谷が到着した。彼女を守れなかった自分への怒りと組織への、ジンへの怒りに拳が震えていた。そんな彼を風見が宥め状況を正確に説明した。
「名前さんはルートキットと呼ばれるシステムへの不正アクセスに成功した攻撃者が侵入後に遠隔操作で活動する為に必要なソフトウエア一式を完成させていました。そしてそれをジンの携帯端末に入れたようです。ルートキットが入っていたと思われるメモリー二つは倒れていた堤無津川の川底にありました。そのツールは名前さんのPCで使用できるそうです。」
降谷は守るべき相手だと思っていた女性にここまでの度胸があったことに二の句が継げないようだ。錯乱していた宮野も博士に支えられ正気を取り戻したようで捜査協力を申し出た。