05

彼女は地下室に入るなり偏ったアクセントのない英語で言った。
「A secret makes a woman woman.…なんて、私はベルじゃないから聞いてくれたら何でも話すよ。調べたでしょ私のこと。」
すぅ、と細められた桑色がこちらを見つめる。
「ええ、まあ。これからあなたをお守りするのですから少しでも知っておいて損はないと思いまして。」
昨夜ベルモットをホテルへ送り届けてから彼女、クレオパトラについて少し調べたのは事実だ。取り急ぎ「ラムのお気に入り」「クレオパトラ」という二つで組織の人間や取引先に情報を求めた。
ついでにあまり期待はしていなかったが風見にも容姿の特徴を伝え、行方不明者の届け出が出ていないか調べるよう指示を出した。
…が、やはりというべきか。暗然たる思いに沈む他なかった。
時間がなかったとはいえこの僕が調べても彼女の情報はただの一つも手に入れることが出来なかった。
しかし、あくまでも内密にしたつもりだ。どこからか情報が漏れたのか。小さき身ながら組織に籍を置くだけはある。侮れない。
「では、お言葉に甘えて。あなたのことを教えていただけますか?」
自分の力不足で何も知ることが出来なかった。と正直に打ち明けた。
彼女は返事こそしないものの丸く大きな桑色をこちらに向けていた。それを承諾と捉え話を続けた。
杯戸町のごく普通の一軒家、そこにある普通ではない地下室。
そんなところで少女がたった一人で何をしているのか。予てから抱えていた疑問をぶつける。
「うーん、クラッキングとか?」
それまで僕に向けていた視線を剥がしPCデスクの前の椅子に腰かけた。
クラッキング、コンピュータネットワークに繋がれたシステムへ不正に侵入またはシステムを破壊、改竄、不正利用などすること。
ハッキングと言わない辺り自身のやっていることは法的に禁止されていることだと認知はしているのであろう。
幾度となく心の中で発している言葉を今回は口に出すことを許して欲しい。
「失礼ですが、あなたはまだ未成年ですよね?」
それなのになぜこんなところで、と言葉を続けようとしたがそれは叶わなかった。
「しっけだな。バボには教えてあげるけど、私はもう大人です!」
開いた口が塞がらないとはこのことか。その見るからに小学生が大人だと?僕の腰辺りに頭があり化粧気はないがはっきりとした顔立ち。大人になると失われてしまいがちな髪のつやと肌のハリ。どこからどう見ても、十人中十人が少女だと答えるであろう。だがこの巨大な悪の組織の構成員なのだから何かしらのカラクリがあるのだろう。その点は追々調べることとしよう。しかし、今それよりも気になったのが…
「失敬、では?」
「そ、そんなことない。」
再びこちらを向かなくなってしまった。日本語が少しおかしい気もするが指摘も出来た所で次の話にしよう。
「どうしてあなたは一人でここに?」
小さな少女、もとい彼女はそのまま何かしらの作業を始めてしまった。これ以上話す気はないという意思表示だろうか。
「では、質問の答えは後日お聞かせ下さい。何かお飲みになりますか?」
「…エスプレッソ。」
「かしこまりました。」
人を見た目で判断することは良いことではないし、子供と言えどコーヒーが好きな子もいることはわかってはいるが…。
喫茶店店員、安室透の腕の見せ所だ。美味しいエスプレッソを淹れて差し上げよう。そう意気込み地下室を後にする。
キッチンの収納棚にはコーヒーメーカーと呼ばれるものが五台もあった。そのうち三台がエスプレッソ用である。
大人という証拠顕示のためにあえて言ったのでは、と少しばかり疑ったことを心の中で謝罪する。
「これは本格的に勉強をした方がいいな。」