06

「お待たせしました。」
お姫様ご所望の品を持ち地下室へ戻るとヘッドマイクを付け誰かと談笑しているようだった。
鈍色の長い髪、一年中変わらない黒い服。組織内で知らない者はいない、そうジンだ。
「あ?なんでそこにバーボンがいるんだ。」
「私の奴隷をするんだって。」
奴隷、強ち間違ってはいない気もするが護衛の間違いである。
「そうか、じゃあボロ雑巾のようにコキ使ってやれ。」
少しの違和感を覚える。あの疑わしきは罰せよが口癖のジンが、虫を殺すのと同じ感覚で人間の命を奪うようなあの冷酷非道なジンが。言葉遣いも表情もいつものそれとなんら変わりはないが。
…優しい。
「うん、わかった。またねジン。」
通話を終え彼女に差し出したエスプレッソは受け取ってすぐの一口以降口に運ばれることはなかった。確かにポアロで使用している機械とは違い少し手こずったが。
ああ、そうかそんなにまずいか。何事も完璧でなくてはならない性分が発動してしまった。今度風見達に飲ませようと密かに決めた。
さて、僕のコーヒーをお気に召さなかった姫君はというとジンとの通話後一言も発さなくなってしまっていた。
せっかくの機会だ彼女と親密になりあわよくば情報を、と思ってはいるが急いては事を仕損じる。大方彼女はジンに頼まれた仕事をしているのだろう。ここは邪魔をしない方が得策だ。嫌われてしまっては元も子もないので僕も自分の仕事をしようと思う。あぁ、もちろん組織の。

彼女が今鎮座しているPCデスク、ウォールナットの小ぶりなローテーブルそれに僕が今座っている二人掛け程のソファ。ここには室内空間を彩る装飾品が何もない。時計すらも。
チラリと己の腕に視線を向けると短い針が二を指していた。
前回ここを訪れた時も思ったが彼女は随分夜更かしをするタイプのようだ。
「バボ、今日泊まる?」
キィと小さな音を立て椅子の回転を利用しこちらを向いた。
「いえ、さすがに女性の家に二人きりというのは…」
「first floorが寝るところ。他も自由に使っていいよ。私はまだ仕事しているから気にしないで。」
聞いておきながら僕に拒否権はないようだヘタに機嫌を損ねるとまずいので甘んじて受け入れることとする。
大人が横になるには少し狭いソファに横臥する。
「え、そこに寝るの?この家は安全だし、そんなに奴隷しなくても大丈夫だよ。」
訂正も面倒なので寝た振りを決め込む。昨日ベルモットに連れられここを訪れる前に一件任務を終えた所だった。報告を済ませたらそのまま寝てしまおうと思っていたというのに。結局ほんの数時間の睡眠でポアロに出勤、そして事件に遭遇。その後風見との接触、終わったら護衛の任務へ。ここ数日だけでトリプルフェイスフル活用だ、これは日本人特有の忙しい自慢、寝ていない自慢ではない。あくまでも事実を言ったまでだ。正直疲れた。視界を遮り身体を休めることくらいは許して欲しい。本当に寝ることはできなくても少しは疲労も軽くはなるだろう。