07

地下に朝日が差し込むことはないが昨夜見た天気予報通りであれば外は良い天気だろう。
彼女は僕が寝た振りをしてからもカタカタとキーボードを叩いていた。
「おはようございます、クレオ。」
恰も今起きたようにふぁーと伸びをする。
「後ほどシャワーを浴びてもよろしいですか?そのあと朝食を準備いたしますが、何かリクエストは?」
湯浴みの件はすぐに了承の返事が来たが朝食については頭を悩ませているようだった。うーん、と顎に手を添え頭を傾ける彼女はとても可愛らしく見えた。
「ホットケーキ、っていうのが食べてみたい。」
「はい、わかりました。」
見た目通り、要望まで可愛らしいとは。と思い出し笑いをしながらも素早くシャワーを浴びた。

「しまった。」
失念していたがここには調味料とコーヒーしかない。仕方ない、と収納の扉を閉め立ち上がる。
「…はぁ。」
「何も無いでしょ、私も一緒に行こう。」
突然聞えた知らない声に勢いよく振り向くとこれまた知らない女の子が立っていた。
「え、もしかしてわからない?クレオだよ。」
「その格好は?」
「変装。」
クレオと分かってしまえば先程の少し気になる日本語も頷ける。
変装はベルモット仕込みで絶対に素顔で家から出てはいけないときつく言われているらしい。
「今日のテーマはバボ!」
えっへん!と文字が浮かび上がって見えそうだ。初めて見た笑顔が素顔ではないのが少し残念だ。
彼女の言う通り、外見は僕にそっくりだった。
金色の長い髪、褐色の肌、いつもの桑色はカラーコンタクトで僕より少し濃い青になっていた。
長い髪を靡かせながら嬉しそうにくるっと一回転をして見せる。
「この腰布、新しいの。ウォッカがくれた。」
明らかに見た目は外国籍の少女にも関わらずスカートを腰布と表現するとは。少し前から気付いてはいたが彼女は日本語が苦手なようだ。
「よくお似合いですよ。」
彼女によく似合っているがウォッカが選んだ物、と思うと少し気味が悪い。
玄関に置かれていたほぼ新品のスニーカーを履き家を出る。
この辺の地理には明るくないので少し足をのばし米花町へと向かう。
「バボ、どこ行くの?」
「米花町のスーパーに行きます。」
一日限定の親戚を助手席に乗せ小さな体では不便かと思いシートベルトを装着して差し上げる。少しバツが悪そうにそっぽを向かれてしまったが、走り出すと二つの青を輝かせて外を眺めていた。
杯戸町から米花町までは車を使えばすぐに着く。少し残念そうな顔にまたもかわいいなどと思ってしまった。
そんな煩悩を振り切るように数瞬目を閉じてから自分と彼女のシートベルトを外し降車する。
「さぁ、行きましょう。僕の知り合いがいたら親戚で通します。」
「わかった。」
歩幅が違うので普段より気に掛けていたつもりだったが、配慮が足りなかったようだ。

店内をぐるっと一周した後入口に戻ればこの街では知らない人はいないであろうメガネの少年がいた。
店の外のベンチに腰掛け俯く彼女の膝には痣と少しの血が滲んでいた。
あの英邁な少年のことだ、あの容姿で何か気付いてしまったかもしれない、早く回収しなければ。小走りで少女達に近付く。
「探しましたよ。おはようコナンくん、一緒にいてくれてありがとう。」
「おはよう、安室さん。安室さんの連れだったんだね。」
来た。
「この子は僕の親戚だよ。普段は離れて暮らしているから久しぶりに会ったんだ。こんなことならもっと気を付けるべきだったよ。」
反省している気持ちを眉に託し、意図的に下げる。
「そうなんだ。僕よりちょっと年上だよね?お姉さん名前は?」
僕は江戸川コナン、よろしくね。と人懐っこい笑顔で彼は自己紹介をした。しかしこの顔には見覚えがある。子供らしく、可愛らしく振る舞うことで相手を油断させ真相を確かめる、犯人を追いつめる時の顔だ。
「安室名前だよ。年下の男の子に保護してもらうなんて…穴を掘りたい…。」
それを言うなら穴があったら入りたい、だ。その発言で小さな探偵くんの警戒が少し解けたようだ。ポカンとした表情は年相応。まさか彼女の日本語間違いに救われることがあるなんて。
「ところで、コナンくんはどうしてここに?」
「探偵団のみんなとピクニックだよ。っていってもこの近くの公園でサッカーするだけなんだけどね。いつものように元太がドカ食いしてさ…。」
買い出しに来たのだと言う彼は至極めんどくさそうに肩を落とした。コナンくんと話をしていると服の裾をクイっと引かれた。
「あぁ、すみません。すぐに手当てをしましょう。」
またポアロに来てね、お礼がしたいから。と声を掛け一度車へ戻った。
「…痛い、転んだ。」
「僕が目を離してしまったからですね。すみません。」
車内には簡易的な救急箱を乗せていたため手当てはスムーズに行えた。
「少し沁みるかもしれません。」
汚れを落とす為の消毒に少し顔を歪めたが言葉を発さない彼女につい、反射的に。
「いい子ですね。」と声を掛けあまつさえ頭を撫でてしまった。意外にも彼女は満更でもないようだった。
「バボ、手大きいね。」
頭の上にあった手を取り自分の手と比べていた。暖かい、人の温度。ホワホワと心も温かくなる。自分の中に芽生えた名前のない感情に蓋をし素早く手当てを終えた。
彼女にはそのまま車に残ってもらうことにして無事ホットケーキの材料を購入することが出来た。