お嬢と猫2

新しいダンボールと少量の猫用ミルクを分けてもらい名前たっての希望により自宅へ連れ帰ることになった。
もちろんこのまま飼うことは出来ないので明日から里親探しに奔走する予定だ。門を開け敷地に足を踏み入れたところでこちらに気付いた若頭が離れの方から向かってきた。

「名前、何だその箱…まさか」
「あ、あの大丈夫昔ほどじゃないし!鼻水だけ、うん、ほら」

滅多にない新一くんのしかめっ面に慌てたのか大きな身振り手振りで現状説明と言い訳をしている。

「新一くん、志保さんに診てもらってきましたので大丈夫かと」
「ならいいけどよ。もちろん貰い手は探すんだろ?俺も声掛けてみるから」
「ありがとうお兄ちゃん」

工藤組若頭であり令和のホームズもかわいい妹には弱いようだ。上がっていた眉も彼女の笑顔で穏やかなものに変化した。


母屋は名前の居住スペースのため離れの一階を子猫の仮住まいとした。

「Hi〜可愛いkittenがいるって聞いたんだけど」
「私、猫好きなんです。少し見せてもらえませんか?」
「私も動物好きでね」

どやどやと一斉に姿を現したのはジョディ、キャメル、ジェイムズだ。有無を言わさず、そこに置いたばかりのダンボールの中を覗き込み口々に感想を述べている。思ったことを言っているだけなので会話にはなっていない。

「あれ、そういえばお嬢ってアレルギー持ちではありませんか?」
「うん。だから里親を探すよ」
「そう…残念ね」

アレルギー、貰い手、里親、そんな言葉達が出る度に彼女の纏う空気が変化することに気が付いた。それを感じ取ったのか、はたまた偶然かキャメルの言葉でまた雰囲気が明るくなった。

「名前は決めたんですか?」
「そうだね、貰い手が見つかるまで世話をするんだから名無しは可哀想だ」
「クロートー、ラクシス、アトロポスなんてどうかしら」
「私はベラ、ナラ、ルナが良いと思います」
「じゃあ私はキヨミ、せとか、ナツミにしようかね」

各々が提案した名前はどれも個性が出ていて面白い。ジョディの案はギリシャ神話の運命の三女神、キャメルは恐らく向こうで人気の名前。そしてジェイムズは毛色から柑橘類の名前だろう。

彼はロンドン出身のはず、いくら日本滞在が長いとはいえ日本の柑橘に詳しいとは、彼の知識量も侮れない。
それまでうんうんと彼らの提案を聞いていた彼女も自分の番になるやいなや胸を張りあの妙な名前を発表した。

「実はもう決まっていまーす。一郎主任、次郎課長、三郎部長だよ」
「女の子ってさっき言ってなかった?そんなオヤジみたいな名前可哀想よ」
「えーそうかなあ。あ、そうだ零ならなんて付ける?」

まさかここで自分に振られると思わず、逡巡する。彼女の案を否定した手前皆を納得させるような案を発さなければ。四人から向けられるせっつくような視線に答えを急いだ。

「睦月、如月、弥生なんてどうでしょう…」

しまった、彼女に長いなんて言っておきながら如月は長い、と言うか呼びにくい。

「いい!どれも捨てがたいわね」
「どうせ手元に残せないなら名付けるのは酷じゃないか?」

気配を感じることなく突然背後から聞えてきた声にぼわっと怒りがこみ上げた。もはや反射だ。わざと気配を消したことに鉄拳制裁をお見舞いしてやろうと振り返り声を出そうとしたがそれは彼女の言葉によって遮られた。


「わかってる!そんなこと!本当は飼いたいのに、名前ぐらい付けたっていいじゃん!」

照れではなく顔を赤く染め大きな瞳に水粒を溜めている。ああそうか、あの表情や醸し出す空気は飼いたいが自分の体質のせいで飼えないというジレンマから来たものだったのか。

会う人、会う人にそんなことを言われ続けていたら爆発してしまうのも頷ける。
凍りついた空気に気付いたのかハッと顔が正気に戻った。

「ご、ごめんなさい。八つ当たりです」
「いや、いい。俺も無神経だった。申し訳ない」

こういうときにすぐ謝罪が出来る名前は偉い。赤井は名前を悲しませた罪だ、シネ。
どうにか彼女の持つ悲しい気持ちを消し去れないかと画策したところ、あることを思い出した。

「飼うことはできませんが今後も見ることは出来ますよ。たまにであれば触れることも」

先程来ていたメッセージの内容を名前へ伝えた。それを聞いた彼女は溜まっていた涙を拭い満面の笑みを見せた。

「本当に?本当に阿笠博士が引き取ってくれるの?」
「ええ、残念ながら一匹だけですが」
「それでもいい!よかった、嬉しい」
「よかったわね、名前!」


彼女の機嫌は無事元に戻ったが、どうしても腹の虫が収まらなかったので赤井の夕飯はにんじんをふんだんに使ったフルコースを用意した。もちろん彼は好きな食べ物はおろか、嫌いなものなどないので黙々と食べ進めてはいたが普段の倍の時間を掛けて完食していた。

降谷メモ:赤井はにんじんが得意でない。


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