「あ、お嬢おかえりなさい〜」
「え、何この状況」
仕事を終え何やら騒がしい今を覗き込むと零がパパと赤井さんに管を巻いていた。
「私と晩酌していたらこうなってしまってね」
ははは、と少し困ったように笑いながら状況を説明してくれた。あれ、でも。
「零ってお酒強くなかったっけ?」
「どうやらウイスキーは不得手なようだ」
赤井さんはランプオブアイスが奏でる音のように涼やかな表情をしながらゆらゆら揺れる零に視線を向けた。
「うるはい、僕に苦手なものなんてない」
「はいはいそうですね。パパ私にもちょうだい」
赤井さんやパパには負けるが私も一般女性と比べたら随分とアルコール耐性がある。酔っ払いは適当にあしらうのが一番だと過去の経験上分かっていた。
「では久しぶりに皆で一献傾けようか」
今や珍しくなってしまったこのメンバーでの晩酌に気分がよくなり自然とペースもあがる。
パパの土産である各国のアルコール類。その土地の人々に向けた味の個性を感じる。仕事の為嫌々飲み始めた酒も、今は楽しみになっている。一度にこんなに飲めるなんてとても贅沢だ。
「うん、このウイスキーも美味しいね。でも私はさっきのスコッチ、グレンモ―レンジが好きだなあ」
「俺もあの柑橘の香りが心地よいと思う」
「僕は日本酒や米焼酎の方が好きです。次は日本酒で勝負だ、赤井」
この世界で生きる為には酒、タバコは必須アイテムとも言えよう。アルコールに強い、弱いというのはそもそも遺伝的に決まっており努力でどうにかなるものでもない。
とはいえ零は持ち前の負けん気で喫煙しないかわりにアルコールをしこたま喫しても平常時と同じ動きが出来るよう訓練してきた。二次団体との会合では日本酒が主なため、洋酒のチャンポンに肝臓が音を上げてしまったのだろう。
「そういえば零、昔はよく二日酔いでしんどそうにしていたよね」
「あぁ、鬼気迫る表情で朝食を作っていた時は死を覚悟したよ」
「しつれいな、ぼくはどくさつなんてしません。まっこうしょうぶです」
ビシッ!と効果音が聞こえてきそうなほど勢いよく指した人差し指は徐々に力を失い、そのまま畳へ落ちて行った。
「名前と零くんは本当の兄妹のようでほほえましかったなあ」
「そうですね。降谷くんは新一より兄のような振る舞いをしていたように思います」
「そういえば、昔秀一くんにお嫁さんにしてと言ったことは覚えているかな?」
「え、覚えてない」
「ねぇシュウ!私大きくなったらシュウのお嫁さんになる!」
「それはありがたい申し出だ。大きくなってからもう一度言ってくれるかな?」
「うんっ!」
「うぬぼれるなよ、赤井秀一。これからは後ろに気を付けることだ」
「あのときの零くんの表情ったらなかった。この世の終わりのような顔をしていたよ」
「俺も覚えています。思えばあの一件以来更に敵意を向けられるようになった」
「そうだね。零くんは可愛いね」
「いや、パパそんな話してないよ」
「これからもたまには皆で酒を飲みたいね」
「なんかそれ死亡フラグっぽいからやめて」
「それは悪かったね。でも私はまだ死なないよ。なぁ秀一くん」
「はい。俺が命にかえても」
「冗談でもそういうのはダメ。皆生きていてくれなきゃ困る。お嬢命令です」
「組長とはいえ、それは従わなければね。約束だ」
私が途中参加する前からべろべろだった零は三人で昔話に耽る内、一層酩酊状態に陥っていた。
「これは、久しぶりに鬼の形相が見られそうだね」
「八つ当たりされる俺の身にもなってくれ」
かなりの量を飲んだであろう二人は素面と変わらぬ状態のまま卸したてのバーボンを旨そうに味わっていた。
ぐぃ、突然の腕への重みに驚き横に視線を向けると舟を漕ぎ始めていた零に腕を掴まれていた。
「お嬢、ぼくはね、むかしからお嬢のことを…」
分かりにくいが上気した顔にうるんだ瞳、まるで懇願するようなその表情に生唾を飲む。
「私のことを…?」
ゆっくりと近付いて来た整った顔。
これは、もしかして告白?私は陥ったことがないけれど酔って本音が出てしまうという例のあれ?え、でも待って二人がいるよ?赤井さんだよ、いいの?やっぱり、そんな…キスは…
妄想をしつつ淡い期待を抱きながら続く言葉を待つ。
「zzz」
「…寝たね」
「あぁ」
「残念だ。次の小説のネタにしようと思っていたのに」
私の妄想、期待通りにはいかず零は肩口に頭を乗せすぅすぅと寝息を立て始めた。にやにやするパパの視線に顔が熱くなる。くそぅ、恥をかいた。
「〜〜〜〜!重い!」
「さっきのは冗談でついに零くんが名前に告白する所が見られると思ったんだが」
「しかしこの様子では言ったとしても覚えていないでしょう」
残念、ああ残念。
この状況を心から楽しんでいるであろう父親とそれに同意する赤井さんに腹が立った。娘の恋愛事情を楽しむなんて!
「笑って見てないで早く動かすの手伝ってよ!」
「これはこれは…お嬢がお怒りだ」
「お嬢、俺が運ぼう」
「も〜〜〜〜〜!からかわないで!」