名前は今朝から姿の見えない降谷を探し屋敷内を彷徨っていた。
台所から物音がしたのでひょいっと覗くと探し人よりも幾分か大きい身体を小さく窄めて何かをしている様子が目に入った。
「ねーキャメル、零知らない?」
「わっ!お嬢!今日は見ていないですね…」
相当集中していたようで背後にいた名前の気配に気付かなかったようだ。降谷や赤井ならば声を掛ける前に振り向いてしまうので彼の反応が新鮮で名前は口端を上げた。
「何してるの?」
「今日は十五夜といってお月見をするのに絶好のタイミングなんです」
名前に十五夜とは、 を一通り説明しながらキャメルは手際よく団子を量産していた。本来お供えする団子は十五個をピラミッドのように積み供えるのだが彼の手元の白い丸はどう見ても六十は優に超えている。
「ちょっと作り過ぎじゃない?」
「私もそう思ったのですが、書置きがありまして…」
キャメルが困ったように向けた視線の先には冷蔵庫に貼られた一枚の紙切れ。
「材料をすべて使え…?」
テーブルの上には一キロと書かれた団子粉。いくらなんでも多いと誰が見ても思うが書いた人間が料理担当の若頭補佐なのだから若中のキャメルが無視できるはずもない。
背中を丸めて作業するキャメルに同情心が芽生えた名前は手伝うよ、 と腕を捲くった。
「お、お嬢、大丈夫です!私一人でやれます!」
「?」
妙に慌てた様子のキャメルを見て名前は首を傾げたが、入ってきた赤井に意識が向き追求を止めた。
「ここはキャメルに任せてススキを取りに行かないか」
「そうですね!ここは私にお任せください!」
「そう?じゃあ行こう赤井さん」
“お嬢に料理をさせるな”これは彼女だけが知らない工藤組の暗黙のルールである。
はたして団子を丸める、 という行為が料理に含まれるのかは不明であるが赤井という助け舟が来たことでキャメルは胸を撫で下ろした。
「(赤井さんもさりげなく止めたということはやらせてはいけなかったんだ、よかった私の選択は間違っていなかった…)」
ススキが群生している河原は名前が学生時代何度も世話になった場所だ。幼い頃から大人とばかり関わっていたので同年代の子供と話が合わず小学生時代は放課後をここで過ごしていた。
「うわー懐かしい…」
夕日に照らされ輝く川を眺めて名前は感傷に浸った。
放任主義の両親と違い降谷は名前の生活習慣によく口を挟んだ。そのせいか本来両親に対して向ける反抗心のようなものは全て降谷に向けられていた。
家で喧嘩をすると兄である新一や母に怒られてしまうためよくこの河原で降谷と拳を交えていたのだ。
「そういえば、赤井さんは零がどこにいるか知ってる?」
「優作さんとロスだ」
「え!?昨日そんなこと言ってなかったけど」
昨夜の風呂上り、居間で共にアイスを食べているときは何も言っていなかったはずだ。全てを報告する義務はないが何も言わずに行ってしまったことに名前は腹を立て、半ば八つ当たり気味にブチブチとススキを収穫した。
「…今朝、急に決まったそうだ」
あまりにも激しい剣幕に思わず降谷をかばう言葉が出て赤井自身少し驚いた。慌てて出て行ったから連絡も出来なかったのだろう、と付け足すと名前の顔から怒りがすーっと引いた。
「(降谷くん、貸しイチだぞ)」