お嬢と冷やし中華


あ、今日の食事当番は景光さんだ。
トントントン、途切れることなく聞こえる包丁の音。零よりも手際がいいのは彼しかいない。

「景光さんっ」
「…ぅわっあ!びっくりしたー!」

気配を消すように静かに近付いて声をかけた自覚はあるがそこまで驚かれるとは思っていなかった。キャメルも以前そうだったが、もしかして自分が思っているより影が薄い?

どうかした?なんて優しく、零(安室)と違って胡散臭さを全く感じない笑みを向けられて得も言われぬ気持ちでいっぱいになるのを感じた。

「今日のお昼はなに?」
「冷やし中華だよ、今年はこれで最後かな」

夏定番、支度が楽だと思われがちな冷やし中華だが、実際店のように準備をしようとするとかなり手間がかかり面倒だということは作ったことのある人にしかわからないだろう。
まあ私も作ったことはないのだけれど、用意をしているところをじっくりと見てたからわかるのだ。

10月もすぐそこまで来ているからもう食べられないと思っていた景光さんの絶品冷やし中華、グゥと私の胃も喜びの音を上げた。

「やったー!もちろん私の分は…」
「「錦糸卵多め、お酢控えめ」」
「さっすが景光さん!わかってる〜」

私は彼の作る錦糸卵が好きだ。何味とか、ダシ?とかそういうのはまったくわからないけれど…深い味がするのだ(小並感)


様々な理由から外出を控えめにしている景光さんは零とここで家庭菜園を楽しんでいる。
麺の上に乗っている立派なトマトも二人が作ったものだ。最初はプランターでミニトマトを作っていただけなのに徐々に拡張され今では離れの横に畳二畳分の畑が出来上がっている。


「今回のトマトも立派だねぇ」
「最近は天気も良かったし、もうこれで終わりだろうけどたくさん出来すぎて少し困るくらいだよ」

景光さんはお皿に乗っているもの以外に、カゴに入ったトマトに目をやった。つられてそちらに目を向けると最近姿を見せない彼の顔が浮かんだ。

「…零、いないもんね」

零は自分と親友で作った農作物だから思い入れがあるのか他の組員よりよく食べていた。


「景光さんは零がどこに行ったか知ってる?」
「優作さんとロスに行ったって赤井さんから聞いたけど…」
「そっか」
「気になる?」

ハムの代わりの自家製サラダチキンを切る手を止めていたずらっ子のように笑い問いかけてきた。

「べ、別に、そういうんじゃないけど…ほらいつもは長期間ここに戻らないときは言って行くから…」
「まあそうだな、のっぴきならない事情、があるんじゃないか?」

のっぴきならない事情、ねぇ。
何かを知っているような知らないようなその物言いに納得はできないけれど、それでもなんとなく察した。
零や赤井さんに比べたら頭は悪いけれど一応これでも若頭として生きてきたのだから。

「ねぇヒロくん、私頑張るからね」
「…名前ちゃんはいつも頑張ってるよ」

いつの間にか支度を終えたヒロくんが昔のように優しく私の頭を撫でた。





ーーーーーーーーー

「名前ちゃんからそう呼ばれたの久しぶりだなあ!」
「私ももう大人だから、変えないとって思ったんだけど、…でもヒロくんが先に距離とったんじゃん!」
「ごめんごめん、でも名前ちゃん本当に綺麗な女の人になったからさ」
「…まぁどっちでもいいけど!」
「やっぱり名前ちゃんが可愛いのは変わらないね!」
「もう!からかわないでよ!」
「さっ!食べよう、運ぶの手伝ってくれる?」
「…はーい」



top