お嬢と親族

母屋と離れの間にある池には私が昔お祭りで掬い揚げた命が広々とした世界を謳歌している。私が物心ついたときに家族になった紅白と泳ぐ姿を見ると曇っていた心も穏やかな晴天に変わる。動物は良い、余計なことをしない。

私のお気に入りの一つでもある瓦屋根付きの門がカラカラと来訪者を知らせた。視線を送るといつでも温順な相貌が痛々しげな桃に染まっている男と目が合う。

「あ、パパおかえりなさい」
「ただいま、名前」

工藤組四代目組長でありながら世界に名を馳せる推理小説家、工藤優作。
取材の為、創作意欲を高める為などと叙説してはしばしば家を空ける。母、有希子も帯同するため同居する人間の食事の世話はほとんど零が行ってくれている。

零が出来ないときは私を除いた当番制を採用している。零以外の人間の料理は個性が出ていて面白い。

兄である工藤新一も事件、事件で家を空けることが多いので実質工藤組の実権は赤井さんが握っていると言っても過言ではない。
その現状が気に食わないらしく零は赤井さんに喰って掛っている、というのが工藤組内の通説になりつつある。

「今回はどこに行っていたの?」
「モルディヴさ。いやー暑かった」
「だからそんなに顔が赤いんだね」
「名前ちゃん、ただいまー!」

大方近所の奥様方にでも捕まっていたのだろう、暫くしてから有希子さんも中庭にやってきた。彼女の愛情表現はいつも剛速球火の玉ストレートだ。一カ月ぶりの熱い抱擁にこちらも力を込める。

「有希子さんもおかえり」
「元気だった?変わりない?」

私もいい大人なのだが帰国しては毎回この手の質問をしてくるのだから、有希子さんは楽天家に見えて案外心配性あるいは過保護なのかもしれない。

「そういえば、新ちゃんは?」
「捜査協力で風見と本庁に行っているよ」
「えー、久しぶりに家族でたこ焼きパーティーしたかったのにぃ」

このクソ暑い中でたこ焼きパーティーは苦行以外の何物でもない。グッジョブ、お兄ちゃん。
土産話や近況報告をしていると背後で砂利が鳴った。


「親父、姐さん。お勤めご苦労様です。今回も五体満足での御帰還嬉しく思います」

現れたのはいつもと違い全身を真っ黒に染め、髪を後ろに撫でつけたうちの組自慢のイケメンゴリラだ。テレビドラマなどでよく見る所謂ヤクザの出迎え、ワイドスタンスで腰を落とし片手を前に。
いつもは本人からの要望で名前呼びなのにそんな呼び方しちゃって。久しぶりに会った家族に対する精一杯の悪ふざけだ。数瞬時止まり空気が凍ったがすぐパパの醸し出す暖かい空気に包まれる。

「ただいま、零くん。見てくれ有希子が拗ねている」
「もー。零ちゃん姐さんは嫌って言っているじゃない」
「すみません。一度やってみたかったんです」
「最近学園ヤクザもののドラマにハマってるんだよね」

彼は自分が本物のヤクザ屋さんなのにフィクションの極道が出演するドラマに目がない。そしてちょっと影響を受けやすい。

「そうなの?私も見てみたいわ」
「そうだパパ、有希子さん。今日は私が腕に縒りを掛けて夕飯を作ってあげる!」
「あーっと、名前も疲れているだろうし、気を遣わなくて大丈夫だよ」
「そ、そうね。今日は店屋物でも取りましょうよ!」
「僕が手配しますので名前さんは親子水入らずの時間を有意義に過ごして下さい」

先日テレビで見た料理を作ってみようと思ったが零にそう言われると海外での話を聞いたり恒例の妙竹林な土産も早く見たくなってきたので今夜は寿司を取ることにした。

「わかった。じゃあ零よろしくね。いつも通り私のは光モノなしで」
「はい、心得ております」
「じゃあパパ、有希子さんモルディヴでの話しお部屋で聞かせて!」


「(名前の料理は独創的すぎて常人では追いつけないからな。食に頓着ない赤井でさえ青い顔をしていたし、優作さん達がいてよかった…)」



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