お嬢と本業

都内某所。
寝静まった街に汽笛だけが響き、本来貿易に使用されるその場所は常人とは違う者達が寄り集まっていた。

「それで?下部組織のモンが私を呼び出すなんて随分な真似してくれるじゃない」

センスの悪い柄シャツに大ぶりなゴールドチェーンの首飾り。いかにもチンピラです、と言わんばかりの風姿をした男は妙に落ち着きがない。

「お、お前がいると組の士気が下がるんだよ」

極道の世界は男が揺るぎない力を持つ。そんな中で女である名前が威権を持つことをよしとしない構成員は未だ存在する。

「あぁ。それで私をカタに嵌めようって魂胆か」

女は不気味に笑った、それはそれは心底楽しそうに。

「な、何で笑っているんだ!」
「いやね、まだこんな忠義を尽くす舎弟がいるとは思わなくてね。お前さんは片岡って言ったかな」

男はよもや自分の名がこの女に知られているとは思わなかったのだろう。喫驚に一歩後退りした。その様子に畳みかけるよう続けざまに言葉を発する。

「いちいちゴチャ付けるようなお前さんとはここの作りが違うんだ。たかだか五千の名前が覚えられなくて若頭が務まるか」

彼女は女でありながら、そして通常一人しか存在しないはずの若頭だ。その存在は数多ある組のなかでも稀有である。

「まぁ、組を継ぐ気はないけどね」

それこそ歴史ある工藤組の組長に女が就任したとあらば日本中から異議を申し立てにヤクザ者が集まり抗争になることは避けられないだろう。

「片岡、お前さんの要求は何だ」
「あ、あんたが組から消えることだ」
「悪いがそれは飲めないな。私にはこの組でやらなければいけないことがあるんだ」
「…じゃあこうするしかないな!」

男は極度の緊張からか錯乱状態に陥った。月明かりを鈍い光に変え反射する刃物を女に向けにじり寄る。

「お前さん、ポン中か?ヤッパなんて仕舞えよ。命を粗末にするなってママから教わらなかったのか?」

女は口端を上げ動き出しコンマ数秒で男の目の前に立ちはだかる。ポタポタと赤が小汚い地面を鮮やかに彩った。

「な、なん、で」
「聴こえなかったか?ヤッパ仕舞えって言ったんだ。この程度の血で怯えているようじゃこの世界では生きていけない。さっさと足洗うことだ」

女は目の前の男よりも男らしく、自らに向けられた刃物に向かいそれを手で受け止めたのだ。

「あ、あ、あの俺烏合…」

男が怯えながらも発しようとした言葉は乾いた音に遮られた。それは男の胸に命中し生温かい液体を女に浴びせた。

「ぐ、ぁ」
「おい!大丈夫か、しっかりしろ!」

どこからともなく飛んできた鉛玉に傍観していた男達も危機感を覚えたようだ。辺りを見回す者、どこかに電話を掛ける者、その場から逃げだす者。三者三様の対応を見せた。

「お嬢、気を、付けて。烏合組が…」

烏合組、確かに男はそう言い残し息を引き取った。今まで膠着状態にあったが、どうやら本格的に抗争の火蓋が切られたようだ。


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