オペラ

通常授業に演習に任務と忙しない毎日を過ごしていたが俺は自室で久しぶりの怠惰な時間を満喫していた。
続きの気にならない漫画を途中で止め、意識が物音のする廊下に向かった。

「恵もそんなことあるの?…あ、悠仁!」

隣室の伏黒と話していたのは名前で、随分と親しげな二人を目の当たりに胸のあたりに陰がさした。感じたことのない感覚に患部を押さえて首を傾げてしまった。

「二人も休み?」
「久しぶりに共同任務だよー」

いつもと変わらないはずの名前の笑顔が今はやけに俺の神経を逆なでした。思えばこれまで名前は俺以外の男とあまり積極的に関わろうとしていなかった。
俺は無意識のうちに優越感を覚えていたのかもしれないと思った。それに気が付いた途端不快感に心が軋んだ。

「そっか、二人お似合いだもんな、頑張れよ!」
「えっ…」
「おいっ!」

言う必要のない棘のある言い方をした自覚があった。居た堪れなくなった俺は伏黒の制止を無視してバタバタとベッドに逃げ込んだ。

「…なんであんなこと言っちゃったんだろう、俺」

目を閉じると名前の歪んだ顔が脳裏に浮かび、後悔と苛立ちを抱えながらそれを打ち消すようになんとか眠りについた。


□ □ □


翌朝、もやついた頭で共用スペースに向かうと釘崎がいて目が合うや否やブチ切れられた。それは初めて一緒にこなした仕事のときのようではなく至極冷静に。

「救護室、早く行け。名前がいる」

名前は昨夜の任務で負傷し、未だ意識が戻らないのだそうだ。サーっと血の気が引き指先が冷たくなっていく感覚を味わいながら校舎を駆け抜けた。

広い敷地内を端から端まで走るとさすがに息も上がる。もっと、もっと早く足、動けよ。

駆けた勢いのまま扉を開けると思っていたより大きな音を立ててしまった。

眠っている名前の側に座っている伏黒が頭を抱えているのが目に入る。
…そんな、やばいのかよ。

あんなに雑に扉を開けたのに伏黒はすぐに反応しなかった。一拍置いてからものすごい形相でずんずんと近寄ってきて俺の胸倉を雑に掴んだ。

「集中できていなかったんだ、いつもだったらこんな怪我しない」

冷静に怒りをぶつけてくる伏黒の肩口から眠っている名前の姿が見えた。
苦悶の表情を浮かべる伏黒を見ているのに、先程までの焦りが薄くなった自分が心底恐ろしくなった。
だって名前は反転術式が使えるし、家入さんもいる。意識がないとはいえ外傷もなく生きている、ただ眠っている様子の名前を見て安心したんだ。

「お前もしかして知らないのか。名前に家入さんの術式は使えない。名前は術式を使う前に意識を失った。それから目が覚めていないんだ」

伏黒が焦っている理由がやっとわかった。フルオートではない術式持ちの場合、術式を行使しようとしなければ発動しない、そんな単純なことが分かっていなかった。

――俺は呪術師としての名前のことを全く分かっていなかったんだ。
名前のことを一番良くわかっているのは俺、なんて自惚れもいいところだな。

「外傷はほとんどないが呪力による負傷で目が覚めないんだ。…何もしてやれなくてすまない」

責める気なんて毛頭ないけど、死の恐怖が纏わりついて家入さんの謝罪に返事さえできなかった。重くなった足を引きずって名前の元へ近寄り顔を見下ろした。

「名前、目ぇ醒ましてよ」

冷たい名前の手を握って出た切願は随分と情けない声だったと思う。楽観的に考えていた上、願うことしかできない自分に心底腹が立った。

「悠仁…?」
「名前っ!術式…術式使って!」
「おい、まだ…」

名前は目線を彷徨わせ覚醒しきらない意識のまま術式を発動させた。無理をさせたくない気持ちはあったけど、そのまままた眠ってしまったらどうなるかわからなかったから、ごめん名前

その場にいる誰とも視線を交わさないままごめんね、と途切れ途切れに謝罪し再度意識を手放した。

自然治癒と再度術式を使用すれば全快出来るだろうと家入さんのお墨付きをもらい、お前らがいると空気が悪い。 と言われてしまったので渋々伏黒と二人で救護室を出た。

「何で名前が集中できなかったかお前、分かってんのか」
「いや…」
「じゃあいい。一生分かるな」

静かな怒りを露わにさせた伏黒をみたのは今日が初めてだったかもしれない。今日は怒られてばかりだな、なんて考えていたら伏黒は俺の返事も聞かず寮の方に歩き出してしまった。

外の緑を見ながら昨夜の名前の顔を思い出していた。伏黒には否定したが理由は分かっているかもしれない。でもそれは自意識過剰なんだ、きっと。だから答えることが出来なかった。

「あ゛―!」

こういうことを考えるのは苦手なんだ。今日は自室でゆっくり考えて明日名前に直接話をしよう。




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