硝子の報告と本人の意志により名前の出動要請は暫く無くなることになった。
名前はあの日から空き時間を作らないように動き回っていたため、休暇と言われても何をしたらいいのかわからなかった。
また、それが出来なくなると嫌でも頭が思考を巡らそうとしてくることが耐えられなかった。
忘れたくないが思い出すと全身を駆ける悲しみで気が触れてしまいそうだった。
「……」
名前は少しでも動けばギシリと音を立てるベッドの上で膝を抱えていた。ごく短い期間しか使用していないがここだけが名前にとって唯一心安らぐ場所だった。
光源は月明かりだけ、何もない部屋にノックの音が響いた。驚きで肩が揺れ顔を上げたが自分はこの部屋の主ではない、招き入れる権利はない。 と居留守を決め込んだ。
数瞬の後、建てつけの悪い扉が開かれた音と急に明るくなった視界に名前は鬱陶しげに再度顔を上げた。
「またここにいたのか」
「うるさかった?」
うるさいはずもない。名前は床の軋む音やベッドのたてる音以外物音をたてたことはないのだから。
それでもそういう言い方をしたのは恵の存在や言葉が名前の毛羽立った心に遠慮なく触れてきたからだ。
無駄に考える時間が増えてしまった為に名前の心は荒んでしまっていた。
二人の間にあるわだかまりは消えたように思えたが、人の心というものは複雑で簡単には変わることはできない。
先日の件も相まってバツが悪そうに歩み寄ってきた恵から目を逸らした。名前は何を考えているかわからない恵の目に見つめられるとどうにかなってしまいそうだった。
責められているような、心のうちを見透かされているような感覚に陥った。
実際にはそんなつもりがなくとも名前にはそう感じられたのだ。
恵はベッドに三角座りをした名前の隣に腰掛けた。
「名前」
名前の名を呼んだ恵の声に映し出された情緒は悠仁のそれに酷似していて、名前の喉をギュッと締め付けた。
「虎杖の代わりにしていい、一人で抱え込むな」
降り出した雨のノイズと低めのテノールが名前を包み込んだ。心地よいそれらは名前の固まった涙腺を解きほぐし、初めて恵の背に縋り声を殺して泣いた。
恵が彼女の泣くところを見たのはこれで三回目だ。自分の命よりも大切な人が突然いなくなったのだ、もっと声を荒げて泣いたっていいのだ。 と声に出さず独白した恵は何もせずただ背中を貸した。