ブーゲンビリア

俺と名前は特別仲が良い幼馴染だったと思う。

じいちゃんと二人暮らしだったから名前の母さんには世話になっていたし、名前もじいちゃんとよく将棋を指していた。家族ぐるみの付き合いっていうの? まさにそんな感じだった。

それは高校生になっても変わらないと思っていたんだ。

「何で…」

夏休みは毎日のように名前と遊んで、好きでもない勉強も沢山した。
無事に俺は志望校に合格して、合格したら教えると言っていた名前の志望校はついぞ聞くことは叶わなかったけどそれでもいいと思っていた。
学校が違っても家が近いから、いつでも会えると思っていたんだ。


卒業式に名前は来なかった。


式が終わったら家を訪ねてみよう、きっと湿っぽいのが嫌いな名前はあえて参加しなかったのだろう。
名前の母さんは面倒くさがりだから行かなくても良いと言ったんだろう。そんなことを考えながら家の前まで来た。


昨日まであったはずの名前の家は忽然と消えていた。
思い返すとおかしなことは以前からあったんだ、俺が見て見ぬふりをしていただけで。


ーー極めつけは昨日の夜だ。


□ □ □



「ねー悠仁、第二ボタンちょうだい」
「え、今?やるのは別にいいけど明日じゃだめなの?」
「悠仁ね、意外とモテるんだよ後輩に」

初めて知らされる他人からの好意に悠仁は心を弾ませた。
卒業がすぐそこまで迫っていても相も変わらず二人は悠仁の部屋で各々好きなことをしていた。

悠仁は読んでいたマンガを閉じ視線を上へと向けた。

正直ボタンがあろうが無かろうが構いはしないが第二という目立つ場所にボタンがないと担任に止められてしまう可能性があるな、などど頭を悩ませていた。

「あっ!じゃあ名前のボタンと交換ってのは?それ付けるから!」
「私はいいけど、大きさ違うよ?」
「いーのいーの、ついていれば。それに名前を近くに感じられんじゃん?」

名前は目を丸くして瞬きを数回した後制服のボタンをブチィっと思い切り引きちぎり握りしめた。今度は悠仁が目を丸くする番だった。

「何でっ?!ここにはさみあるよ?!」
「いや、大丈夫。今のでちょっと冷静になった」

激しく目を泳がせた名前は自らのボタンを額に数秒当てブツブツと何かを唱え始めた。
悠仁は初めて見る名前の行動に思わず何をしているのかと尋ねた。

「悠仁がずっと元気でいられますようにって願いを込めてたの」

にっこり笑った顔は今までに見たことがない程に優しく儚いものだった。


悠仁の制服にボタンを付けたあと二人は小学生ぶりに手を繋ぎ一緒に眠った。
幼馴染といっても健康な思春期の男子である悠仁は一度は断ったものの名前がどうしても、と珍しく食いさがり且つ最後のお願いなどと眉尻を下げて言うものだから無碍にもできなかったのだ。

そうして決して広くない布団に二人身を寄せ合って眠った。

自分よりも高めの体温は名前の不安な気持ちを解きほぐしていき、このまま時が止まってしまえばいいのにとさえ思った。

「悠仁、大好きだよ」

幸せそうに眠る悠仁に名前はこれまで口に出さなかった言葉を何度も思いを込めて贈り瞼を閉じた。



□ □ □



次の日目が覚めると名前はいなかった。
てっきり一緒に登校するものだと思っていた俺は少し拍子抜けした気分だったけど、これまでも何回かあったことなので大して気にとめていなかった。


そんな度重なる違和感の黙認のせいで冒頭の状態に至ったのだ。

あの時嫌がられてもしつこく聞くんだった、朝まで手を離すんじゃなかった、迎えに行けばよかった。
止めどなく溢れる後悔とスズメの涙ほどの微かな怒り。

「なんで、気付けなかったんだ…っ」

それからの日々はあまりに変化が大きすぎて一日一日をこなすのに精一杯だったのであまり記憶にない。

傷心で帰宅した俺を迎えたのは玄関で倒れていたじいちゃんだったし、よくない頭で医者の話を聞くのは堪えた。

目まぐるしくすぎる日々の中で暇さえあれば名前のことを調べた。

でも恐ろしい程に何も分からなかった。家が忽然と消えたことに対して誰も疑問を持っていないことにえも言われぬ恐怖が付き纏った。
中学の担任も近所の人もじいちゃんも、何も知らないって言うんだ。



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